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「自分は偽物(インポスター)だ」と感じたら。

今でこそ英語を使って生活していますが、もともと英語は得意でも好きでもありませんでした。(今でも特に好きではない。) 

小さい頃から英語に触れて育ったわけでもなく、海外旅行や留学の経験もなく、大学受験と大学の英語の授業が終わった途端、英語とはすっかり会うことも話すこともお互いを思い出すこともない昔の知人状態になっていたので、初めて海外で英語を使う機会が訪れた時、askとanswerのどっちが「尋ねる」でどっちが「答える」だったっけかなー?と悩んだくらい。 

博士課程への入学を機に渡米をしたのは31歳の時でしたが、当初はまだ相手の言ってることの70%分かってるか分かってないかというレベル。そんなんでいきなり博士課程を始めたものだから、ちんぷんかん極まりなし。それに加えて、博士課程ともなると、専門用語の連射(高橋名人並みの連打の連続)、それも短縮型を多様するので(例えば、WHO=World Health Organizationみたいに、頭文字だけを組み合わせちゃうやつ)、それが何の略か分からなければ更にちんぷんかんぷん大感謝祭(感謝ではないけど)。 

そしてそれを他のみんなは知っていてガンガンに激しくディスカッションをしているので、その場でいちいち、「それってなんです?」とは聞けずに、こっそりメモってあとでググるというのを繰り返していた。知ってる風を装い、家に帰って猛勉強、知識を足すの繰り返し、そのうち少しずつ、実際に分かることも増えてきて、ディスカッションにも参加できたり出来なかったり。 

そんな感じなので、基本的に、博士課程時代から今に至るまで、私のマントラは、 

Fake it till you make it.
(うまくやり遂げるまで、できるフリをしろ。) 

更にその一歩先を行く「できる」だけじゃなく「なれる」を目指して
Fake it till you become it.
(本当にそれになれるまで、そうなってる自分を演じろ。) 

もっと上手な意訳をされてたのがこちら:「なりたい自分の姿があるなら、すでにその姿になったかのように振る舞え」(引用)。これでした。この一本柱。 

大学で教え始めた最初の頃は、いつも切羽詰まっていて、相当場違いな人間が、大学の先生風を装って演じているインポスター(詐欺師・偽物)感満載で、教える前日に初めて知った知識をあたかも専門家であるかのような顔で学生の前でお披露目する。(これが本当に疲れる。)討論の舵取りも難しかったし、学生に質問されても、答えを知る由もなし、「それは面白い質問ですね、次回掘り下げてみましょう。」と言って家に帰って必死で掘り下げる。 

教えてる最中に、自分今何言ってるんだっけなー?と頭が真っ白になることもよくあったし、念のため手元にはいつもメモを持っていた。
 
授業の準備にしろ、課題にしろ、研究論文を書くにしろ、一つ一つにかかる時間は途方もなく長く、それはまるで冨永愛さんの足のごとく。 

ところがここにきて、今年の1月に始まった春学期の辺りから、ある日ふと、なんとなーく余裕があることに気が付いた。 

「あれ、なんだか私飄々とやれちゃってるんじゃないの?」授業を教えるのも、論文を書くのも、大勢の前でプレゼンするのも、なんだか飄々とやれちゃってる。しかも、深く質問されても深く返すことができる。その場でちょっと違う方向へ逸れたり、面白い逸話なども盛り込めちゃったりしてる。 

もしかしたら、ひょっとしたら、ついにI became itなのかも??大学教授になっちゃったのかも?(名目上なってはいたんですが、本当に、という意味で)と思っていた頃、大学から通達が来て、来年度から、教授ランクが一つ上がることになりました(昇進です)。オー・マイ・ガー!とセックスアンドザシティの彼女たちの様にギャーギャー言って誰かと抱き合いたい気分。(そんな相手は身近におらぬが。)

今までずっと感じてきた、「場違いなところにいて、全然実力もなにもあったもんじゃないのにある風を装ってる偽物・詐欺師みたいな後ろめたさ」。これ、インポスターシンドローム(詐欺師症候群)と呼ばれている心理状況です。 

感じたことある(感じている)方結構いるんじゃないでしょうか? 

症候群というとまるで病気のような響きになるので、専門家の間ではインポスター現象と呼ばれているこの心理状況、マイノリティの人が特に感じやすい傾向にあると言われています。

つまり、その場のデフォルトに当てはまらないと、偽物感を感じやすくなるメカニズムですね。周囲の言動や環境からインポスターだと感じさせられてるともいえます(例えば、他の役員全員が男性である役員会に出席した女性。女医さんが「女性なのにすごいね!」と言われる、などなど)。 

性別の差とインポスター現象に関しては諸説あり、女性のほうがインポスター現象を経験しやすいという研究もあれば、性別に関係なく誰もが経験するという研究もあったり、性別無関係説においても、男女とも同様にインポスター現象を感じていても、それがパフォーマンスに出やすいのは女性とも言われています(成績が落ちるなど)。 

また、実力や実績があっても、インポスター現象から自由になれるとは限らないのが人生の辛いところで、むしろ実力も実績もあり、知識もある人ほど、なぜか自分は偽物だと感じてしまうというDunning-Kruger効果というのもあったりして、なんだかぼんやり水平線を眺めるような気分になる。
Dunning-Kruger効果:知識や実力がある人ほど、自分の知らないことや、できないことがよく分かるため、自分なんてまだまだだと思ってしまうが、逆に知識や経験のない人ほど自分に自信を持ちやすい現象のこと。 

かの有名女優のヴィオラ・デイヴィスも、言わずと知れたミシェル・オバマも、マヤ・アンジェロウも(マヤ・アンジェロウなどは3度のグラミー賞、ピューリッツア賞、大統領勲章を授与しているのに!)、トム・ハンクスも、「いずれ人々は、私がみんなが思うほど素晴らしいものじゃないのだということを見抜いてしまう」ことをいつも恐れていた(いる)という。 

いやいやいやいや、あなた方が偽物なら一体だれが本物になれますか?っちゅう話ですが、誰が何と言ったって本人がそういう乖離を感じてしまうのがインポスター現象の厄介なところ。 

会社や組織においては、競争的でストレスフルな会社や組織であるほど人はインポスター現象を感じやすくなり、インポスター現象を感じている人は、うつ症状、不安症状を顕著に示すというので、軽くみてはいけない。 

さて、このインポスター現象に勝ちにいく方法、いくつかあります。 

まず、ふつう過ぎる答えでなんの捻りもない方法、それは、ここにいても良いのだということを証明するために、とにかく実績を積むこと。実績を積んでいくといつのまにか、ここに自分がいてよいのだと感じられる日が増えてくる。まぁそうだよね、ぐうの音も出ない。人生近道ない説、再びです。(後のほうで、でもその実績を積もうにもくじけそうな場合の方法も記します。) 

とはいえインポスター現象が完全に同居していて辛い時には、上手にできたこと、達成した仕事などを書き留めておき、時々見返すと良いらしい。

なぜなら、人はうまくできたことほど忘れたり、過小評価しがちで、反対にうまくできなかったことや失敗ほど繰り返し繰り返し思い出してしまう傾向にあるため(これはサバイバル反応。二度と同じ失敗をしたくないから、繰り返し失敗を反芻してしまう。これ、やりすぎるとむしろ悪影響しかないので要注意。) 

失敗や恥ずかしかった思い出を執拗に反芻しそうになったら、書き留めておいた「上手にできたこと、達成したこと」を読み返して、記憶に上塗りしていくのがインポスター現象に勝つのに有効だそうです。 

会社や組織では、上に立つ人が、自分の弱みや間違い、失敗などを部下に見せる機会と文化(そういうのが自然にある環境)を作るのも効果があります(人や組織によってはこれが一番難しそう)。そうすると、誰も完璧なんかではないし、完璧である必要もない、というメッセージが伝わり、インポスター感に苦しむ人も減り全体のパフォーマンスも上がる。良いことづくめ。 

さて、実績を積もうにも、足がガクブルで一歩も進めない、みたいな心境になる日もあります。そういう時は、どうしたらよいのでしょうか? 

前回の記事にも書きましたが、行動で脳を変える、これが再び役に立ちます。具体的にどうすればよいかというと、姿勢を変える。これ、心の姿勢ではなく、文字通り体の姿勢です。

有名なTEDトークビデオ(TEDトーク史上2番目に人気)で、Amy Cuddy博士が紹介していたので、聴いたことがある方既に多いかと思います。興味のある方は彼女のトーク是非見てみてください。 

このトークを始めて観た時、すでに、毎日のように、「Fake it till you make it!」と円陣を組むラクビー部員のように心の中で叫んで、いざ出陣!と自らをいきり立たせていた私は、まるで自分のことのようで号泣した思い出があります。 

そもそも、ボディランゲージ(姿勢や表情、言葉ではない他の全てから伝わるもの)が印象に及ぼす絶大な力というのは繰り返し証明されていて、出会ってものの数秒(場合によっては1秒)の印象が、良い人、悪い人、信頼できる人、雇いたい人、デートに誘いたい人、投票したい人、などなどの決断を左右すると言われています。 

では、そのボディランゲージが、自分が自分自身に持つ印象、感情、思考、そして身体的にも影響を及ぼすのでしょうか?
答えは、チャゲアスも嬉しいYES! 

有名すぎる研究では、人は嬉しいと微笑むが、ペンを口にくわえさせて無理やり微笑む口の形を作らせられると、人は嬉しくなってしまうというのがある。 

インポスター現象に勝ちに行く姿勢というのは、いわゆるHigh power pose (ハイ・パワーポーズ:力を持つ人、パワフルな人がする姿勢)。胸を開き、両腕を大きく広げ、場所を取るような姿勢。ばんざーい!やったー!のあれです。手を腰に当てて立つワンダーウーマン的姿勢でも良い。 

このハイ・パワーポーズ、動物界(サル、ゴリラ、鳥、蛇)でも群れのリーダーがやるというから面白い。人間でも、誰かがやったのを見たことがあるから真似してついやってしまうのではなく、もともとパワーを感じるとそういう動きをするようにインプリントされているからやってしまうのだそうで、その証拠に、生まれつき盲目の人でも、ゲームに勝った時やよっしゃと思う時に、ハイ・パワーポーズを取ることが分かっています。 

逆に無力を感じた時は、動物も人も縮こまる。肩を内側に入れて、背を丸め、腕を抱えて、なるべく場所を取るまいと小さくなる。


上段がハイパワーポーズ、下段がローパワーポーズ


もちろん個人差はありますが、パワーポーズは男性によく見られ、無力ポーズは女性によく見られがちといわれています(女性は男性よりも慢性的に無力感を経験しているため)。 

では、パワーポーズをはったりでもいいからやることで、人はパワフルな気持ちになり、行動も堂々と自信を持つようになるのか、そしてテストステロン値とコルチゾール値にも変化は出るのでしょうか。 

(注:そもそも前段階の研究で、リーダーなど力を持つ人は、前向きで自信があり、はっきり物事を述べ、抽象的思考が得意で、勝負事ではなぜか勝つ気がする傾向にあり、そのためリスクを取るのを恐れない。またそれらの思考パターンに影響するテストステロン値が高く、ストレスホルモン(コルチゾール)値は低い傾向にあった、ということが分かっている。
 
興味深いのは、動物界で突然リーダーに昇格してしまった個体を調べると、役割の変化が起きたことによって、テストステロン値が上昇し、コルチゾール値が下降したというので、リーダーになっちまったという状況が先にきて、身体的変化が後に続いたことが確認されています。) 

実験では、たったの2分間両腕を開いたり、胸を張ったパワフルな姿勢を被験者にしてもらいました。また、同じ被験者に無力感ポーズもしてもらいます。 

同じ被験者でも、パワーポーズをした後では、86%が勝負事に賭けることを選び、更にテストステロンは上昇、コルチゾールは減少していた。
逆に無力ポーズを取った後では、勝負事をすると選んだのは60%、テストステロンは減少、コルチゾールは上昇していた。 

今度は、疑似就職面接の状況で、パワーポーズを事前に2分間したグループと、無力ポーズを事前に2分間したグループのビデオを見せられた第三者に(どちらがパワーポーズを取り、どちらが無力ポーズを取ったかを知らない)、どちらを雇いたいかと尋ねると、圧倒的にパワーポーズを取ったグループを選んだ。しかも、話した内容そのものよりも、その話し方に現れる自信、情熱、やる気、安心感、落ち着き、本物感の方が彼らの決断を左右していたというので面白い。 

というわけで、インポスター現象でガクブルな時、ちょっと2分間、両腕をあげて胸を広げてパワーポーズを取ってから出陣すれば、そしてそれを何度も何度も繰り返していけば(もちろんそのたびに事前の準備や練習や勉強もしなければいけませんが。でもやり過ぎには注意。)、いずれ気がつくと、はったりではなく本当にそうなった自分に出会える日が来る!はず。
 
「Fake it till you become it.」で、明日もまた、やっていきましょう。
(時々休み休みしながら。)