helwaコンテンツfor「英語史ライヴ2024」出品作品①鎖国とオーディエンスデザイン

 「鎖国したらどうか?」ある友人と離島の未来について語るとき、決まって飛び出すのがこの言葉だ。島の魅力を発信する、芸能人に来てもらう、など外ばかり気にする風潮に嫌気がさす。この島に魅力があるというのなら、外の人なんかに声をかけずに、自分たちでその魅力を味わえばいいじゃないか!そんな気持ちから出てくるのが鎖国である。 
もちろん、現実問題として外部を遮断することはできないし、やるつもりもない。なぜなら、背に腹は代えられない。どんなに自然が豊かでも、景色がよくても、最低限のお金は必要である。そのお金を稼ぐ有効な手立てが、観光であり物産の販売である以上、外を完全に無視することなんてできない。
 
 もっとも、そう言いながら、本音のところは、鎖国した方がかえって人が集まるのでは?という目論見もある。ちょっと前だが、秋葉原のカフェで「ツン」が人気だったというではないか。最初から「デレ」っとするより、「ツン」でいく方がいい、そんな甘い期待もあったりする。 

 こんな神話がある。弟の素戔嗚尊の乱暴狼藉がひどいので天照大御神が天岩戸の奥に引っ込んだ。すると、太陽を失った世の中は真っ暗闇になる。困った天津神たちは知恵を出し合いある策を思いつく。岩戸の外でどんちゃん騒ぎをして、岩戸の奥にまで楽しい様子を届けたら何とかなる、というもの。案の定、気になった天照大御神が岩戸を少し開け、覗こうとした瞬間、神様の一人が彼女の腕をぐいと掴んで、外へと連れ出しめでたしめでたし。これまでは、こんな神話を引き合いに出し、鎖国の有効性を訴えてきた。

 2024年4月27日のheldio#1062に3Msの一人、北澤茉奈さんが登場した。北澤さんのご専門は「オーディエンスデザイン」。何それ?最初のうちは「胡散臭そ〜」と思いながら聞いていたが、徐々にその面白さに惹かれていった。そこでの内容を私なりにまとめてみるとこんな感じになる。
 
 私たちが会話をするときは意識しないようでいて、どんな聞き手がいるのか、常に意識しているようだ。そして、私たちは常に聞き手の存在を考慮しながら、話す内容、話し方を変えている。となると、そこには聞き手の存在を意識した単語の選択や文法構造がある。そして、それらをマルっとオーディエンスデザインと称し、それを北沢さんが研究している、と理解した。その中身は…。会話における聴き手を分類…①アドレシー:会話に参加している人、②オーディター:会話には参加していないが近くにいてその会話が耳に入っている人、③オーバーヒアラー:その会話を聴いている可能性がある人。例えば、レストランのウエイター、男女の前でカクテルを作っているバーテンダーなど、④イーブスドロッパー:盗み聴きをしている人。会話の当人たちは聴かれているのを知らない。このように聴き手を分類してみると、普段の私たちは会話において、聴き手の存在によって話す内容、選択する言葉、話し方をビミョーに変えていることが分かる。そして、このオーディエンスデザインの視座を頭に装着すると、それまで見ていた景色の解像度がグッと上がる。

 では、先ほどの鎖国下における会話の状況をこのオーディエンスデザインで整理してみると…日常会話における聞き手は、当事者=アドレシーとなり、その場に居合わせた住民や観光客はさしずめオーディター。その会話がTVやSNSで流れて、それを耳にする人がいたらその人はオーバーヒアラー、となる。フツーはこれでおしまいなのだが、鎖国をすることでそこに合法的イーブスドロッパーが現れる。

 つまりこういうことだ。鎖国しているので島の様子は外から見えない。その一方で、島では住民たちが好き勝手なことをやって楽しんでいる。もちろん、そこにはオーディターやオーバーヒアラーもいるわけで、その彼らが島から出るなり、島での楽しい様子を外に漏らし、それが噂となって広がる。その噂に興味を抱いた人が興味をもち、ネットをはじめいろいろ調べるが、なにより鎖国をしているので情報が集まらない。そうなると、天照大神状態である。知りたくて仕方なくなる。いっそのこと、盗み聴きでもできないか?こうした潜在的イーブスドロッパーが増えればしめたもの。

 このようにオーディエンスデザインの視座を加えると、これまで漠然とみえていたもの、考えていたものの解像度がぐっとあがる。それによってきちんとした議論ができるようになり、取ろうとする手立ても研ぎ澄まされる。地域の活性化策、企業の戦略構築にも有効な概念であろう。そして、何よりも学問としての魅力も十分だ。学問の面白さの一つは、当たり前のように見ていた世界がガラリと違って見えるところだ。オーディエンスデザインという新しい視座を取り入れて、当たり前の世界に新しい景色を見出していきたい。

2024年8月19日


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