英語史の輪#10「言語は◯◯のようだ。◯に何を入れますか?」
早いものでプレミアムリスナー限定「英語史の輪」もはじまって1ヶ月が経過。それを記念してして?今週末8日(土)に生放送企画が予定。テーマは「言語とはなに?」。事前にリスナーにお題を投げ、当日までに(あるいは当日)リスナーが回答を寄せ、それらをもとに番組を進めるというもの。今回は、その「お題」並びに趣旨の説明があった。
お題は「言語は○○のようだ。◯○に何を入れる?英語にするとlanguage is like◯◯」(時は○なりであれば答えは「金」とか)というもの。リスナーから届いた解答をもとに番組を進めるのだそう。「お茶の間に届ける」と名打つにふさわしい敷居の低さ。コメント欄には早速たくさんの回答が寄せられている。
つづけて、用語の説明や具体例の紹介。今回の「言語は」に当たる部分は「ターゲット」、◯◯にあたる部分は「ソース」と呼ぶそうだ。そして、このお題を考えるに当たってのヒントというか心構えがチラリと披露された。私なりにまとめてみた。
①今回のターゲット「言語」でよく出て4くるソースが「生き物」とか。たしかに。「言語」も変わっていくし、「生き物」も姿を変えていいく。そんな「変化」に焦点を当てると「言語とは生き物である」となり、悪くはない。しかし、heldio子も言っていたように「うーん」である。どこが「うーん」なのか?これを考えることが最善手への一歩か?
②それに対してTime is Money。こちらは「格言」になっているだけあってハマりがいい。というか非の打ち所がない。①とはかなり違う。いったいどこが違うのか?
「時間」は抽象的で形がない。あるのかないのか?目で見ることはできない。もっとも、人間はいつか死ぬことは分かっている。よって、「時間」がとても貴重であることは認識しているのだが、目に見えるような形での価値の測定ができない。一方の「お金」は具体的で形がある。いろんなものが購入できるので交換財としての価値はみんな認識している。しかし、インフレになれば、無人島に行けばお金は紙屑同然になる。っとなると「お金」ってなに?となる。実体がよく分からないのだ。そこで、「お金」を使っている場面をジッーと見ていると、「お金」で「時間」を買っているのでは?となる。お米だって、肉だって、服だって、自分で作るとなると大量の時間が必要になる。ということは、要は「お金」で「時間」を買っているのだ。となると、Money is Time?いや、具体的なものが抽象的な概念を決めるのはおかしい、よって買う側が先ではおかしい。よって、Time is Money!決まりだ!抽象的で形のなかった「時間」と具体的だが正体不明の「お金」、両者をイコールで繋いだことで両者ともに本質が明らかになった。これがハマりの良さの原因だろう。
となると、今回の課題「言語は〇〇」をこれで考えられればベストアンサーが出るのでは?と考えてみたのだがなかなか出ない。なぜか?考えられる理由は二つ。一つは、ターゲットの「言語」という言葉が身近ではない。「言葉」だったらどうか?「言葉」で考えるとしたら、どこに焦点を当てるべきか?先ほどの「言語は生き物である。」のときは「変化する」ことに焦点を当てたことになる。これではつまらない。どこが本質的か?「時間」や「お金」のときのときのように、私たちが気づかない本質的なものはないか?例えば、「沈黙」は「言葉」がないときはなかったはず。言葉が生まれたからこそ生まれた。「真空」は「空気」が発見されたから生まれた。で、なんかできないか?
もう一つ。「言葉」って脳→口→耳→脳って体の機関をぐるぐる回るよね。これに近いのは「血液」。しかも、言葉は1人の人間の中を循環しているだけでなく、その言葉をもつ大勢の人々の間を循環しているじゃないか!これだったら気の利いたものが出せるかも?で、次のようなものを答案として送付した。
ちなみに、今回のようなお題を考える際には、アナロジーを導き出す手法が役に立つのでは?手元に娘が作った資料があったので記しておく。(出典は細谷功「アナロジー思考」)