「アンバーアクセプタンス」という希望
「note 創作大賞 2024」が、大詰めを迎えている。
noteの街の片隅で細々と書いている私の元にさえ、その賑わいは届いていて、日々更新される応募作品の多さに目を見張るほどだ。
そんな中、連載開始前から注目していた作品がある。
「アンバーアクセプタンス」だ。
作者のアポロさんとは最初、俳句を通して知り合った。
以前から絵も描いて、詩も書いて、エッセイも書くマルチな才能の持ち主だったけれど、近頃は主に、小説を書くことに注力されているらしい。
「アンバーアクセプタンス」は、ファンタジー小説であり、SF小説である。
が、そういったカテゴリーを超越して、通底する力強いメッセージは、まさに LOVE&PEACE 小説と言うしかないだろう。
「アンバー」は、登場するアンドロイドの少年の名前。
そして「アクセプタンス」は、受容・許容(「アンバーアクセプタンス│概要」より)。
物語の時代は「2046年」。
「宇宙船・飛車八号」「船内コロニーのカプセルホーム」「預言死守党派」「帰還協会」「中立母星振興市」「コロニー自動多子化計画」など次々と、魅力的なSF・ファンタジーワードが並ぶ。
そして、
「世界同時多発サイバーテロ」
「X国の核兵器設計情報が複数の匿名集団に漏洩」
「国際宇宙ステーションの一部と多数の人工衛星が爆撃された」
「ほとんどのGPS装置やデジタル通信技術が機能不全」
「世界恐慌勃発」
なんていう、リアルタイムで起こってもおかしくないような恐ろし気な状況が、すでにあったこととして淡々と語られる。
「聖書のノアもぶったまげる現代の箱舟」である宇宙船・飛車八号の中で、アンバーは、
「ぼくは一度、この天井の偽りの青空を打ち砕いてみたい。どうもうまく守られすぎていると思うから」
と宣言するのだ——。
いつだって、時代の少し先を走る人は孤独だ。
前方に手本となる人がおらず、両隣を見ても、協力し合って共に走ってくれる仲間がいない。
先駆者の孤独は、けれども孤独であるからこそ尊い、とも言える。
そして時に、優れた文学作品は、その作者の意図とは関係なく、どうしようもなく未来予知となり得てしまう。
ここに描かれている光景は、あるいは何人かの人たちがすでに予測したものかもしれない。けれども、その細部にこそ、本意がある。
「サノバース! 未来は明日だ! そう、なれ!」
「幻聴「なれ」の集団共感現象」
この物語に描かれているのは、来るべきディストピアなのか?
それとも破壊や戦争が終結した後に訪れる、本物のユートピアなのか?
ラストシーンの森林公園。
「入り口の花壇で向日葵たちはまだまだ強く咲き誇っていた」。
そうして希望は、いつの世も子どもたちに委ねられるのだ。
今回の「note 創作大賞 2024」に私も、いくつかのエッセイには、ハッシュタグをつけて応募したものの、小説については早々に諦めた。
私の書いている小説が、どの部門にも該当しないからだ。言い換えればそれは、協賛企業や読者や、広く世の中から求められるジャンルに該当しないということだ。
昨今、小説と言えば「ライトノベル」を指し、タイムスリップしたり、異世界に転生したり、魔法使いが出てきたり、というのがどうやら王道らしい。恋愛小説、お仕事小説、歴史小説、SF、ミステリー、ホラーなんかも根強い需要があるだろう。
けれども結局は、繋がりなんだよなぁと思う。
物語の舞台が遥か未来であろうとも、異形の魔人が登場しようとも、私たちはどうしようもなく「柔らこいし、あったかくて、眠たくなる」抱擁をこそ求めているのだ。
アンドロイドが生み出す、決して争いの起こらない世界の仕組み。
そんな世界が実現することを、作者の隣に座ってニコニコしながら、私もまた本気で夢見ている。
ところで、ハルカと泡沫太陽くんの本当の関係は?
この、知る人ぞ知る、どうでもいいようで、実はとても重要な(?)問題の答えは、アポロさんの次回作を待ちたい。