松村栄子『雨にもまけず粗茶一服』《砂に埋めた書架から》28冊目
「茶道」というとまず思い浮かぶのは、……室町時代に始まり後に千利休がそれを発展させたと確か学校で習い……日本古来の伝統や格式という重みを引きずったがちがちの礼儀作法……それから侘び寂びといった一般人には理解が難しい風流を感じ取る特殊な概念……また通俗的に言うなら玉の輿を狙う女性たちが良家のお嬢様を演出するために習得する必須アイテム……?
以上のようなステレオタイプのイメージしか湧いてこないのは、私が稚拙で無教養なうえに、茶の湯のことをよくわかっていないからに過ぎない。
しかし、そんな無知な私に茶道の世界を、詳細かつ面白く紹介してくれて、さらに爽やかな読後の余韻まで与えてくれたのが、松村栄子の『雨にもまけず粗茶一服』という小説である。
東京にある武家茶道の流派、板東巴流(ばんどうともえりゅう)の家元の嫡男として生まれた友衛遊馬(ともえあすま)18歳は、茶の作法に朝から晩まで縛られている毎日にうんざりし、「黒々した髪七三に分けてあんこ喰っててもしょうがないだろ」と髪を青く染めて出奔する。しかし、それは家元である父の秀馬(ほつま)の怒りから逃れるための家出であり、ロッカーを目指す決意のわりにはギターの腕はいまいち、という半端者。挙げ句の果てにはバンド仲間に見捨てられ、あんなにも行き渋っていた大嫌いな京都(茶道の盛んな都)で居候生活を送る羽目になる。そして、行き着く先々で出会う珍妙だが愛すべき茶人たちとの交流が始まるのだ……。
出自を隠し、お茶のことなど何も知らない、茶道なんて嫌いだ、と周囲に騙っていた遊馬だが、普段の何気ない所作にきちんと躾けられた習慣が顔を覗かせるところが文章中でも光る。
話としては、エンターテインメントの王道とも言うべき主人公巻き込まれ型青春成長小説だが、私はところどころで声を出して笑い、ところどころで人情というものの温かさについて考えさせられた。特に、脇を固める登場人物たちが皆、何かしら癖があり、味わいがあり、いつしか彼らの登場を待ち侘びていることに気付く。
作者の松村栄子は結婚を機に京都に住むようになったと私は記憶しているが、そこで獲得した京都弁がこの作品の中でとても効いている。
読後は茶道に興味が湧いてくるし、お茶会をしてみたいという気にさせられる。それだけでも小説として成功であるが、面白いので是非読んでみて欲しい、と強く人に勧めたくなる小説にもなっている。
寡作な作家だが、私はデビュー当時から彼女の文章のファンであった。それはこれからも変わらない。
書籍 『雨にもまけず粗茶一服』松村栄子 マガジンハウス
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■追記■
この書評(というよりは感想文)は、2004年9月に作成したものです。
お茶に興味がなかった私でさえも、この作品はとても面白く読んだので、お茶に興味がある人は絶対に楽しめるエンターテインメント小説だと思います。何より文章が上手いです。作者の松村栄子が芥川賞作家だというのも理由として大きいかも知れません。読みやすいエンターテインメント然とした滑らかな文章でありながら、そこには高度な文章のテクニックが駆使されています。会話文から地の文へ移行するところの言葉選びなど、私は自分の文章の参考にしたいと思っているほど昔から松村氏の文章に心酔しています。
茶道の魅力を紹介する番組は、NHKやEテレなどでときどき放送されることがあります。それまでは興味がなくて完全にスルーしていた私でしたが、この小説を読んだあとで茶道の番組を観ると、小説に出て来た茶の湯の道具や茶室の様子、そして茶会の雰囲気が手に取るように分かって非常に興味をそそられます。茶室の壁に掛けられた掛け軸が、その都度意味が込められて選ばれていたなんて、これを知っているのと知らないのとでは、天と地ほどの違いがあると思いました。
『雨にもまけず粗茶一服』が出てから数年後、続編が刊行されました。『風にもまけず粗茶一服』(2010)そして最新の『花のお江戸で粗茶一服』(2017)です。主人公の友衛遊馬は、回を追うごとに成長してゆきます。続編になっても物語の出来映えは素晴らしく、この三作に優劣を付けることはできません。どれを読んでも面白さが失速することはないからです。
作者の松村栄子は、1990年に第九回「海燕」新人文学賞を『僕はかぐや姫』で受賞し、純文学作家としてデビューしました。この処女作は、2006年のセンター試験に採用されたことで話題になりましたが、すでに絶版になっていたため古書には高値が付き、入手困難な状況になっていました。しかし今年の三月、めでたくポプラ文庫から芥川賞受賞作『至高聖所』との同時収録で復刊になり、多くの人が読めるようになりました。(福武書店時代に同時収録されていた『人魚の保険』と『星の指定席』は残念ながら未収録。いい作品なのに!)
純文学作品は他に会員制バーに集まる上流階級の青年たちを描いた『セラヴィ』、剣道に才能があった少女が子供の頃に交流していたオタク少年と大学生になってから再び出会うことになる『001にやさしいゆりかご』、といった海燕時代の作品の他に、『生誕』、『あした、旅人の木の下で』などの長編と、短編集『Talkingアスカ』があり、ファンタジー小説では知る人ぞ知る『紫の砂漠』『詩人の夢』というシリーズがあります。
(なお、『雨にもまけず粗茶一服』は、現在ポプラ文庫ピュアフルから、上下巻に分冊され、刊行されています)
京都に移住してからは茶の湯や能など、日本の伝統文化や伝統芸能で筆を執ることが増えているようで、私はこのバランスの取れた感覚の作家と作品を、これからも追いかけたいと思っています。