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【短編小説】 見えない友達

 高校生活が始まった春、葵は新しいクラスに馴染むのに少し時間がかかった。転校生だった彼女は、前の学校でもなかなか友達ができなかったため、この新しい環境でもやはり孤独を感じていた。

 クラスメートたちは、最初は興味を持って話しかけてくれたが、次第に彼女を忘れたかのように無視するようになった。そうして日々が過ぎる中、葵はあることに気づく。

毎晩、寝室の片隅に座っている誰かがいる。

 それは初めは気のせいだと思った。疲れているせいか、目の錯覚だと思い込んでいた。しかし、寝る前に必ずその場所に座っている誰かの影が、だんだんと鮮明に見えてくるようになった。

 その影は、いつも一つの決まった場所に座っていて、葵が寝室に入るたびに、微動だにしない。それは、まるで自分を待っているかのように静かだった。最初は怖くて誰かを見間違えたのだろうと考えたが、何度も確認するうちに、そこに座っているのが“誰か”ではなく、ただの影だと気づいた。

ある晩、葵はとうとうその影に向かって話しかけてみた。

「あなた、誰?」

 返事はなかった。ただ、影が少しだけ動いたような気がした。恐る恐る部屋の電気をつけると、そこには何もなかった。驚いた葵は、その夜から何日かその部屋で寝ることができなかった。

けれど、次の日から、その影は再び現れるようになった。今度は、さらに近づいてきた。寝室の隅ではなく、ベッドの足元に座っている。

そして、ある日、葵はその影が一つだけ言葉を発しているのを聞いた。

「来て…」

 声は小さく、どこか悲しげだった。怖くてたまらなかったが、葵は無意識にその声に従うように足を動かしてしまった。部屋の中を歩くと、その影が徐々に近づいてきて、背後に立ったような感覚がした。

そのとき、葵は振り向いてみた。しかし、そこには誰もいない。ただ、冷たい空気が漂っているだけだった。

そして、葵はふと気づいた。

その影は、どこかで見たことがある。まるで、自分の姿を映しているように感じた。

「あなた、私?」

その問いかけに、また小さな声が返ってきた。

「あなたが、私。」

その瞬間、葵は頭がクラクラして、何もかもが混乱し始めた。もう一度、その影を見つめる。今度は、そこに座っている影が微笑んだような気がした。

「一緒にいよう。」

その言葉に、葵は深い恐怖を感じた。だが、どこかでその言葉が心地よいようにも思えて、無意識に自分がその影と共に過ごすことになるのだろうという予感がした。

それからというもの、葵は自分の寝室に戻ることが怖くなくなった。その影が待っていると思うと、逆に安心するようになった。そして、影はどんどん彼女に近づき、次第に一緒に学校へ行き、家に帰るまで、常に葵のそばにいた。

ある日、葵が学校で先生に呼ばれた。先生は心配そうな顔で言った。

「葵さん、最近、元気がないみたいだけど、大丈夫?」

葵は答えた。

「私は、元気です。」

だが、次の日も、その次の日も、葵はやはりどこかおかしな感じがしていた。学校でも、家でも、ずっとその影が見守っている。影の中から、次第に何かが彼女の身体を少しずつ侵食しているような感覚がした。

ある晩、葵が寝室で一人でいるとき、その影が今まで見せたことのない表情を見せた。微笑みながら、ゆっくりと彼女の方へ手を差し出してきた。

「おいで。」

葵はその手に引き寄せられるように、もう一度その影に触れてしまった。

その瞬間、葵の目の前に現れたのは、ただの影ではなく、自分自身の姿だった。

自分の顔、体、髪がそのまま目の前に立っている。しかも、彼女の表情が、どこか不気味に歪んでいた。

「今度は、私があなたを迎えに来た。」

葵はその言葉を聞いた瞬間、自分がどこにも行けなくなる予感がした。

それから、葵は学校にも家にも現れなくなった。彼女を知っている人々は、ただの失踪だと思っていた。しかし、あの日から、葵の部屋にはもう一つの影が定住しているという。

今でも、その部屋の隅には、微動だにしない影が座っているという噂が立っている…。

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