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育児に疲れたら『とりあえずお湯わかせ』

 赤ちゃんが生後4ヶ月になり、少し生活に余裕が出てきた。amazonで柚木麻子さんの育児エッセイを見つけ、ぽち。

 妊娠前、バリバリと仕事をしていた私は小説が読めなくなっていた。架空の世界に入り込むのが苦手になり、ビジネス書か専門書ばかり読んでいた。しかしある日の出張帰り、新大阪駅の改札内にある本屋で平積みされていた柚木麻子さんの『BUTTER』をふと手に取った。黄色い可愛らしい表紙で、東京の話だという。出張中に来てたメールは無視を決め込み、『BUTTER』を帰り道2時間半のお供にすることにした。最近小説苦手やけど、軽く読めればいいや。

 ところが、期待は裏切られた。ページをめくる手が止まらない。新幹線が東京駅に着いても、山手線に乗り換え最寄り駅に着くまでずっと目を離せない。なにこれ、おもしろすぎる。
 東京在住の美食に興味のある若い女性だからヒットしたのかもしれない。他の層にウケるかはわからない。ただ、恵比寿のジョエル・ロブションのお城の中は金と黒の世界でバターを食べるために存在するのだ、ロブションのバター以外はバターではない、という強烈なメッセージを受け取り、以来恵比寿のお城に憧れ、行きたい行きたいと言い続けた。しかし1人5万円のディナーは余程のことがないと踏み出せず、そのうちコロナが来て妊娠してしまって機会を逸してしまった(この話題でだけ妊娠「してしまった」という表現がしっくりくる。独身やDINKSの間に経験するロブションと母になってからのロブションは別物に違いない。前者を経験してみたかった)。

これはバターではない。


 前置きが長くなってしまった。とにかく『BUTTER』で柚木麻子さんの文章は信頼しており、育児エッセイもきっとおもしろいだろうと『とりあえずお湯わかせ』を読み始めた。

 この本は、2018年から2022年のエッセイをまとめたもの。執筆当初、柚木さんは産後で、お子さんが生まれてからコロナ禍になり、悪戦苦闘する様が描かれている。

 育児に疲れたら、とりあえずお湯わかせ。

そうすればお茶を飲むなり、野菜をゆでて一品作るなり、最低でも部屋を加湿できる、いわば停滞を脱するとっかかりを最もハードルの低いところでつかめ
柚木麻子『とりあえずお湯わかせ』kindle版P.13

 

 育児、ほんとハードモード。満身創痍の産褥婦がいきなり24時間勤務を強制され、極度の寝不足。赤ちゃんは言葉通じない。泣く。おっぱいもうまく吸わせられない。沐浴もこんなんでいいのか不安。月齢が進むと、泣き声が大きくなる。抱っこしてー、かまってー。抱っこもどんどん重くなる。どうやって遊んだらいいのかわからない。寝かしつけ、発達、離乳食、不安や心配は無限に続く。

 それでも、このエッセイを読むとコロナ初期のころに比べると今の私たちの状況ってマシかなと思える。コロナ初期は大人だけで暮らしてても発狂しそうだったのに、ましてや第一子を出産したり子育てしてた人、まじでお疲れさまです……。赤ちゃんと家の中に缶詰めで、ママ友とも会えず、仕事も当然できず。
 そんなめちゃくちゃしんどい状況での育児のリアルがエッセイに詰め込まれている。柚木さん自身が疲れているので、なんだか今疲れている自分のことも肯定できる。日常でママ同士が「疲れたよね」と言い合うのがTwitterだとしたら、この本は柚木さんの繊細な観察眼と一歩踏み込んだ考察で、「疲れたね」の奥まで掘り下げてくれている。

 2つ、エッセイを紹介する。

●ステイホームの工夫疲れ

 柚木さんはステイホームを楽しむため、牛乳を煮詰めて蘇を作り、おうち夏祭り、おうちディズニー、おうち居酒屋、手作りグミ、手作りポテトチップスまでやり遂げてしまった。外に行って楽しい思い出を作れない分、家で楽しい思い出を作らないといけない。そんな強迫観念にかられて、頑張った。でもある日、工夫に疲れた頃に、公園に行って何をするでもなく子と一緒にぼーっとした。ぼーっとするだけでも、別にいい。
 
 子どもがいると「楽しい思い出を作らないといけない」、「可愛がってあげないといけない」、「遊んであげないといけない」と思いがちだが、別に退屈な一日があってもいい。その一日が生まれた責任が母親にあるわけではない。そんなメッセージのエッセイ。

●ママに武器なんていらない

 柚木さんは妊娠前からめちゃくちゃ準備し、産前もめちゃくちゃ準備したものの、コロナ禍であっけなく全ての準備が泡に消えた。妊娠前~産前の準備は戦地に向かう兵士の完全武装で、産後の実際は『ダイ・ハード』のブルース・ウィリス、つまり裸足で半裸、ほぼ丸腰でテロと戦うヒーロー。でも、そもそもなんで完全武装しないといけなかったのか、この国や社会おかしくない? というエッセイ。柚木さん史上最大にバズッたらしい。

 私は、このエッセイには賛同していない。別に武装しなくたって子どもは生まれる。ヒトも生物種の1つで、子を産むのは本能だから。ヒトは頭でっかちでいろいろ考えてしまうけど、別に考えなくても子どもは生まれるのだ。むしろ考えない方がいっぱい子ども生まれると思う。
 
 でもこのエッセイがバズッたということは、同じことを思う親がたくさんいるということで、柚木さんがうまく言語化してくれたということかもしれない。民主主義を感じる。


 今回紹介した『とりあえずお湯わかせ』はこちら↓

 冒頭で紹介した『BUTTER』はこちら↓


 最後までお読みいただきありがとうございました。何か気づきがあった人は♡押して行ってくださると喜びます。柚木さんの本も読んでみてください!

《終わり》

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