言葉は生きもの
あなたは、文章を書く時どんなことを考えますか?
わたしは、これ書いてもいいかな?より、どう表現したらいいかな?と考えることの方が多い気がします。
色々なお考えをお持ちの人が暮らす公の場で、一市井のわたしが、自分の考えを日々書いているのです。時には冒険もしますが、それでも、気を付けていることがあります。
それが言葉のチョイスです。
はじめてわたしがブログを書いた時、言葉が厳しかったはずです。それはわたしの性格が今より厳しかったということではなく、問題は書き方でした。文字がどれほど強いか、分かっているつもりでも、実は分かっていなかったのだと思うのです。気をつけてはいたつもりでしたが、とにかく強すぎました。
そんな頃、随分しつこくされました。それは、わたしがうるさ型のフェミニストに感じられたからだと思うのです。これはわたしの感覚ですが、日本ではフェミニストは嫌われる傾向にあります。恐らく、フェミニスト=うるさい女というイメージがあるのではないでしょうか。
実は、先日、海外で暮らす女性とのDMのやり取りで、
「わたしはフェミニストではありません」
とコメントをしたところ驚かれました。それもそのはず、なにしろわたしはどこから見ても、フェミニスト然とした文章を書いているのですから笑。そこで、フェミニストは日本では煙たがられる傾向にあることを説明しました。
その後、オンラインでお話しした男性に、ふと尋ねてみたのです。その男性は、わたしから見るとフェミニストです笑。すると、その方も、フェミニスト=攻撃的でうるさい女と言う考え方をお持ちでした。
時代は変わっても、イメージは変わっていないことを改めて知るいい機会になりました。
世界でフェミニストといえば男女平等だけでなく、ダイバシティにも明るいフェアな人というイメージがありますが、一度世の中に刷り込まれたイメージは、なかなか消えないものだと改めて思ったのです。
ただ、こうした言葉の解釈の違いは、世の中には幾らでもあるのではないでしょうか。誰が伝えたのか、どう伝えたのか、いつ伝わったのかで、言葉の解釈もイメージも変わります。
だからこそ、言葉は生き物だなと感じるのです。
ブログを始めて良かったと思うのは、そうしたことや、時代に合った世の流れを感じることができるようになったことです。
兎にも角にも、正しい言葉の解釈よりも、生きた言葉を知ること、それはとても大切な事だと感じています。
思えば、SNSで随分失敗してきましたが、めげずに書き続けてきたことでコミュニケーション能力は、以前より高まったと感じています。
そうそう、強い言葉じゃなくてよかったのです。
伝えたいことがあるわたしのような人間は、ゆっくりと、丁寧に、言葉を紡ぎ続けていくのが遠回りのようでも近道にちがいないのです。こんなシンプルな結論にたどり着くまで、ずいぶん時間がかかっています笑。
そして、誰と繋がるかは、結局、自分次第だということも知ることになりました。そして、失敗はあっても、書いていくことは自分が変わっていくことだとも感じています。
※最後までお読みいただきありがとうございました。