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多羽(オオバ)くんへの手紙

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生涯青春病が書き散らかしています
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#どこかのだれかに

多羽(オオバ)くんへの手紙 ─4─

貴代先生が教室にいることはほぼ無かったが、昼休みにはウチのクラスに戻ってきていた。 仲良し数人で集まってお昼を食べるグループがいくつもあり、貴代先生は日替わりでそれらのグループを巡っていた。 今日は私たちのグループへとやって来た。 お鈴と私、他2人の4人グループの番だ。 「上村さんやんな?ウチの近所の」 貴代先生が複数の地雷を踏みながらにこやかにお鈴に話し掛けた。 私は気が気ではなかったが、本人から聞いてもいないことを説明することもできず黙っていた。 「引っ越してん。今は小

多羽(オオバ)くんへの手紙 ─5─

多羽の出る試合を一度だけ観に行ったことがある。 お鈴に「坊主はいらん」と一蹴され、別の野球好き2人と観ることになった。 練習試合ではあったが、相手チームには野球の強豪校から声が掛かっているという子がおり、私以外の2人はその子目当てだった。 KK(桑田・清原)が甲子園を沸かせていた時代。 周りの子たちはみんな清原派だったが、私だけは桑田派だった。 この日はたまたまエースが故障で投げられず、本職はサードの多羽が先発だった。 私たち3人はバックネットから見ていた。 ***

多羽(オオバ)くんへの手紙 ─6─

貴代先生の実習期間が終わった。 私は運動神経が絶望的だったので、貴代先生が多羽に話していたらと思うと暗澹たる気持ちになった。 どうか私のことなど全く忘れていてほしい。 そんな気分とは裏腹に皆夏休み前のフワフワした空気が漂っていた。 私への多羽いじりも一段落した頃だった。 *** 羽田家は両親、中2の私、小5の弟の伊織、小3の妹の賀子の5人家族だ。 子どもたちはその日の学校での出来事や友達の話などを、我先にと両親に話すような家庭だった。 伊織や賀子が喋りまくった後、私も

多羽(オオバ)くんへの手紙 ─7─

あれから母とは特に変わらず普通に日常生活を送っていた。 本人は言ったことすら忘れているだろう。 ああいった悪気のない言葉は、時に人を傷つけることもあるが 私は「もういいや」という気持ちになっていた。 なろうとしていた。 一方、父に対しては母とは違った感情があった。 父親というより同志。 中学生が、同志がどんなものを指すか理解はしていなかったであろうが、シンパシーを感じていたと言えばよいだろうか。 ボワっと大きくなった炎も、また遠くでぼんやりと灯る小さな明かりになっていた。

多羽(オオバ)くんへの手紙 ─8─

夏休みという非日常はそれなりに私を楽しませてくれた。 甲子園での高校野球観戦。 お鈴と行ったプール。 ただ、心の隅にはいつも日常に戻りたい自分がいた。 私が戻りたいのはどの日常だろう。 窓辺に寝そべりながらボンヤリと考えた。 ずっと見ていた雲が少し探さなければならないくらい流れていた。 *** 昼休み明けの少し冷えた椅子にゆるゆると腰掛けた時だった。 隣の席の柄本が真っ青な顔で額に脂汗を滲ませ、苦悶の表情を浮かべているのが目に入った。 「顔が真っ白やん!どうしたん?保

多羽(オオバ)くんへの手紙 ─9─

朝の空気に金木犀の香りが漂う季節。 なぜ秋はこんなにもスポーツイベントが多いのだろう。 体育祭に球技大会。 私のように運動の苦手な人間は、何とも気が重い。 唯一の楽しみは多羽の活躍だった。 多羽は運動神経が抜群に良く、走るのも速かった。 野球以外の球技も上手く、この季節の申し子のようで羨ましく眩しかった。 やはりそういう男子は目立つ。 普段は坊主の非モテもそれなりにカッコよく見えてしまう。 私が拾って大切にしまい込んでいた綺麗な石を、誰かが見つけて持っていってしまった

多羽(オオバ)くんへの手紙 ─10─

「ミスミーン、これ!」 お鈴が笑顔で駆け寄ってきて律儀に年賀状を手渡してくれた。 肌を刺すような空気の冷たさが少しだけ柔らかくなる。 「今年もよろしく」 ちょっぴり照れくさい挨拶で始まる朝も、すぐにいつもの会話となり、 やがて興味もなさそうな地味なあの子や いつもワルぶっているあの子も 皆が気になるあのイベントの話題になる。 「上手くいくミライ」だけを想像して 時には気重になったり、ワクワクしたりして過ごすバレンタインデーまでの1ヵ月。 「ミスミンはさ、多羽にチョコ

多羽(オオバ)くんへの手紙 ─11─

「アンタ、ちゃんと羽田さんにお返ししたん?もうホワイトデー過ぎてるで」 姉の貴代から言われるまで忘れていたわけではない。 オカンと姉ちゃんと+1。 身内の義理チョコにお返しなどはしないが、+1には何かした方がいいだろう、と考えてはいた。 クラスも違う柄本の隣の席のあの子。 好き嫌いに関係なくお返しするのが礼儀だと貴代には言われたが、 結局何も出来なかった。 好きも嫌いも、名前しか知らない相手にどう対応すれば良いのか分からないまま 礼儀知らずにまでなってしまった。

多羽(オオバ)くんへの手紙 ─20─

※いつもよりボリュームあります(1,865文字)ご注意くださいね あまり良い表現ではないかもしれないが、私は友達を使い分けていた。 一番気の合うお鈴。 野球を見に行くなら明里。 大抵の人には共感してもらえない感覚を共有できるさぁこ。 徳田美佳 ───徳ちゃんは所謂「オタク」の友達だった。 ずり落ちてくる眼鏡を、時折手の甲で上げながら話す徳ちゃんは 見るからにオタク風だったが、妙に話が合った─── 彼方此方で「いい顔」をしていた私は 八方美人と言われればそうかもしれない

多羽(オオバ)くんへの手紙 ─21

(1,942字) 遠くに見える人が アスファルトから立ち昇る熱気で蜃気楼のように揺らめいている。 田んぼの匂い。草の香り。 少しの間よろしくと短い夏がやって来た。 ✳✳✳ 「多羽は塾の夏期講習行くんやろ?」 野球部の練習には行かないのだろうかと 少し残念に思いながら尋ねた。 多羽もお鈴と同じで、親から学習塾に通わされているクチだ。 「いや、塾辞めるねん。部活もあるし。弘ちゃんに勉強教えてもらうねん。」 また弘ちゃんか。 弘ちゃんと同じステージに立てない歯痒さか

多羽(オオバ)くんへの手紙 ─22

(2,048字) 「何よ、またお前の隣かいや。」 多羽の「しゃあないなぁ」と言いたげなほんの僅かな笑顔が、やっぱり父とシンクロする。 「徳ちゃんが代わってて言うから。」 喜んで来たと思われるのは恥ずかしく「お願いされた席がたまたま隣だった」という雰囲気を出したかったのだが、小躍りしたくなる気持ちは抑えきれず、自然と顔がニヤけてしまう。 ✳✳✳ まだ少し暑さは残るものの、体育祭の準備がぼちぼち始まる。 応援団の練習や組体操、女子はダンスなどもあったりする。 体育委員の私

多羽(オオバ)くんへの手紙 ─23

(2,164字) 「水澄、あんたちゃんと勉強してるんやろね。体育祭やら何やらで浮ついて大丈夫なん?」 「やってるて。」 やらなくても出来る。 そうは言わなかったが本当だ。 勉強のできない賀子には何も言わないのに、成績の良い私には小言ばかりだ。 浮ついて、なんてイヤな言い方をするものだ。 私の何が気に入らないのか。 この頃は青春病も手伝ってか、母とは心底合わないな、と感じていた。 朝っぱらから母の小言で遅刻しそうになる。 小走りで登校していると、遅刻常習犯の戸澤が前を歩

多羽(オオバ)くんへの手紙 ─24

(1,528字) 朝晩の空気が少しひんやりと心地よく、冬の制服が似合う季節になった。 体育祭の準備は順調に進んでいた。 体育祭は赤・白・青・黄・緑・紫の6色に団分けされ、色団対抗で競い合う。 各学年6クラスあるので、1年1組・2年1組・3年1組が赤団という縦割りで、私のクラスは青団だった。 色をテーマにした絵を描くのは各団の3年生の役目になっていて、その美術監督を徳ちゃんが担当していた。 畳3畳ほどか、それ以上はあると思われる大きな板に貼った紙に徳ちゃんが下絵を描き、

多羽(オオバ)くんへの手紙─25

(1,855字) 運動会のお弁当にはいつも必ずエビフライが入っていた。 真っ直ぐでないクルンクルンに丸まったエビフライ。 憂鬱な運動会で唯一楽しみだったのは、母の作ってくれるクルクルのエビフライだった。 大人になるまで、エビフライというのは丸まっているものだと思っていたし、今でも真っ直ぐにする必要なんてないと思っている。 ✳✳✳ 青い龍が大きな爪で如意宝珠をガッシリと掴み、ギロリとこちらを睨んでいる。絵の中から今にも飛び出して来そうな迫力だ。 徳ちゃんが美術監督をしてく