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多羽(オオバ)くんへの手紙─25
(1,855字)
運動会のお弁当にはいつも必ずエビフライが入っていた。
真っ直ぐでないクルンクルンに丸まったエビフライ。
憂鬱な運動会で唯一楽しみだったのは、母の作ってくれるクルクルのエビフライだった。
大人になるまで、エビフライというのは丸まっているものだと思っていたし、今でも真っ直ぐにする必要なんてないと思っている。
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青い龍が大きな爪で如意宝珠をガッシリと掴み、ギロリとこちらを睨んでいる。絵の中から今にも飛び出して来そうな迫力だ。
徳ちゃんが美術監督をしてくれた団の絵は、他のどの団よりも素晴らしく、青い龍の絵の前には人だかりが出来ていた。
団の絵の人気投票もあり順位がつくのだが、きっとダントツで1位だろう。
他の団の人たちの「青団のめっちゃカッコいい」という称賛の声が聞こえて自分のことのように嬉しくなる。
自分にも徳ちゃんのような絵の才能や、あるいは容姿でも何でもいい、何か1つでも人より優れたものがあればなぁと思わずにはいられなかった。
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体育委員の仕事は、件のリレーに出なければならない気鬱を忘れさせてくれた。競技が始まる少し前に、出場メンバーを集めて所定の待機場所まで誘導する。
多羽は、走る速さを競う競技に軒並み出場しているのではないかと思われた。それ以外にも、組体操や棒倒しなど男子全員が出なければならない競技にも出ている。
多羽の体力は汲めど尽きぬ泉のようだったが、私が代わりにやれることは出来る限り対応した。
そうこうしているうちに体育祭も大詰めとなり、件のリレーが近づいてきた。
自分が恥をかくのはまだ我慢できるが、多羽や他のメンバーの足を引っ張ることだけはしたくない。
この期に及んで、まだ出なくてもいい方法がないものだろうかと往生際悪く考えていた。
>>◯◯◯◯◯リレーに出場する3年生は入場口に集まってください>>
拒否反応で気が遠くなりそうになるのを何とか我慢し集合場所へ移動した。
他の団のメンバーを見れば見るほど、私独り場違いに思えて足が竦む。
勉強なら100点を獲るつもりで頑張るのだが、この時はせめて60点くらいは獲りたいという気持ちだった。
とにかくドンケツだけは回避したい。
距離が短いのだから逃げ切れるはずだ。
自分なりに決めた着地点をしっかりと踏み固める。
どこか他人事のようなスターターピストルの音。
同時に飛び出せただろうか。
ワンテンポ遅れたかもしれない。
一生懸命走っているのに足がゆっくりとしか動いていないように感じる。
もう少し。あと少し。
ドンケツではないみたいだ。
片山さんにバトンを渡す。
3位。頑張ったほうだ。80点くらいだろうか。
「上等上等!いけるいける!」
近くからなのか遠いのか、私に言ったのかどうかも分からない多羽の声が聞こえた。
重圧からの解放と、この瞬間から無責任な観客になれる喜びが押し寄せてくる。
アンカーのゴール地点に向かって歩く。
片山さんも3位でゴール、今走っている崎野は1つ順位を落として4位になっていた。
多羽が崎野に大きく手を振って呼びかけているようだが、歓声に掻き消されて声は聞こえない。
バトンが多羽に渡る。
前を行く走者とだいぶ離れている。
1人抜いた。
──これくらいは多羽の普通やろ。
アンタの「大丈夫やって」はホンマに「大丈夫」なんやろうな──
私は心の中で多羽に発破をかける。
2人目も抜いて多羽が2位になった。
歓声の中で自分の周りだけが静かだ。
みんなの声が遠くに聞こえる。
200メートルは、トップスピードで走り続けるには距離が長すぎるのではないだろうか。
応援より多羽が心配になってくる。
あと数メートル、1メートル。
ほんの少しの差で多羽は2着でゴールした。
さすがの多羽もゴール付近で大の字にひっくり返っている。
「あぁー、もー!もうちょいやったのになぁ。」
誰も抜かすことも、1着でバトンを渡すことも出来なかったくせに、気の利いた言葉すら出て来ない自分がイヤになる。
「上等上等!」
本当は多羽の「大丈夫やって」はホンマに大丈夫やったで、と言うつもりだったのに、口を突いて出たのはどこかの会社のエライさんみたいな変な台詞だった。
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青団の絵はダントツで優勝したけれど、競技は弘ちゃんや加地のいる黄団が優勝し、青団は2位という結果だった。