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多羽(オオバ)くんへの手紙

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生涯青春病が書き散らかしています
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2024年10月の記事一覧

多羽(オオバ)くんへの手紙─29

(1,647字) ヤマギワと多羽どちらで呼べばよいのか。 私だけでなく「みんなはどうするんやろ?」という空気が漂っていた。 「オオ…とっと、ヤマギワ。」 思わず言い淀んだ私に「多羽でええで。」と言った顔は、いつもの落ち着く、父に似たそれだった。 どれほどの複雑な思いがあったのか分かるはずもないが、多羽と呼べなくなることに一抹の寂しさを感じていた私は不謹慎にもホッとした。 ✳✳✳ 「ミスミン、来年からは家に出すわな。学校で会わんようなるもんな。」 新学期の恒例となっ

多羽(オオバ)くんへの手紙─30

(1,735字) 何かが始まりそうな予感がするほど清々しい朝。ずっと遠くにあると思っていた、卒業の日のしんみりとした気分が少し和らぐ。 『終わり』と『始まり』はふたつでひとつ。 もう少しだけここに居たいとお願いしても 「すぐ後ろに『始まり』が来ているからもうここには居られないんだよ」と 時間が言う。 *** 教室前の廊下に、式の会場となっている体育館へ向かう卒業生が並んでいる。 もう既に泣いている女子。 普段よりはしゃぎまわる男子。 昨日までの日常が今日で終わる

多羽(オオバ)くんへの手紙─31

(1,224字) 狭い地元だ。そこらですぐ会うだろうと思っていたが案外会わないものだ。 むしろ電車通学をしている者同士が駅で顔を合わせることの方が多かった。 電車通学の朝は早く、帰りも地元の高校生とは時間がずれている。 1日のほとんどを地元以外で過ごしているのだ。 中学の延長のような多羽たちと偶然会うはずもなかった。 電車に揺られながら、ユーミンの「卒業写真」が頭の中で流れているようなセンチメンタルな時期もあったけれど、新しい環境に慣れることに精一杯な日々、それが日常にな

多羽(オオバ)くんへの手紙─32

(2,155字) 青春病には時間が最良の薬。 完治してからずいぶん経った今となっては、母と概ね良好な関係を築くことが出来ていたが、言われれば言われるほど遠ざけたくなる天邪鬼は未だ健在だった。 「水澄、ホンマに要らんの?一生に一度やのに。」 ここ数ヶ月、いやもっと前からだ。 母から幾度となく尋ねられてきたのは成人式の振袖のことだった。 独身の間は着られるといっても、そこまで出番のないようなものに大枚をはたくなんて馬鹿げている。 生涯独身なら着る機会も多いかもしれないが、