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7月に読んだ本(後半)


メロンと寸劇 食いしん坊エッセイ傑作選 (向田 邦子)

「父の詫び状」「ごはん」「眠る盃」などを収録した、食べ物とその思い出にまつわるエッセイ傑作選。

向田邦子のことを初めて知ったのって、いつだったんだろう。わたしはまず、彼女の容姿に惹かれたという記憶があるから、国語の資料集か何かの写真でその名を知ったのだと思う。
大きな黒目の奥では好奇心が尽きることがなさそうで、友人が男女問わず多そうで、なにもかもがエレガントな人。まさに、仕事が出来る女!って感じで、むちゃくちゃにかっこいい、どうやったらこんなに洗練された大人の女性になれるんだろう?と子供ながらに憧れていた。
エッセイスト、という肩書きもこの人を通じて知った。
きちんと向田邦子の作品を読み始めたのは短大に入ってからだったのは確かで、学園構内の書店で買った「父の詫び状」に、わたしは、大変痺れてしまった。

中学や高校の国語の授業中、教科書の文章を暗唱させられたことがあったが、「あれは大将軍とこそ見参らせ候へ。まさなうも敵に後ろを見せさせたもふものかな。」や「いづれの御時にか、女御、更衣あまた候ひ給いける中に・・・」といった、いわゆる古典、と称されるものばかりであった。

おそらくこれらを暗唱させるというのは、日本人としての文学の教養を涵養する、という役目も多少担っていたであろうが、単にテストや入試のために覚えさせられていたんだろうなぁと、思っている。(ついでにいうと私が通っていた高校では、百人一首をすべて暗唱するという課題とテストがあった。国語教師が言うには、百人一首をすべて暗唱することで、ほとんどの古語文法を網羅でき、どんな古文が大学入試に出題されても対応できるようになるらしい。網羅できたかどうかは、わたしの成績を見る限りさっぱりわからない。話が脱線した。)

そこへきて、向田邦子はどうだろう。父の詫び状の冒頭はこうだ。

つい先だっての夜更けに伊勢海老一匹の到来物があった。

メロンと寸劇 収録「父の詫び状」より

そしてこう続く。

ひと仕事終えて風呂に入り、たまには人並みの時間に床に入ろうかなと考えながら、思い切り悪く夕刊をひろげた時チャイムが鳴って、友人からの使いが、いま伊豆からまいりましたと竹籠に入った伊勢海老を玄関の三和土に置いたのである。 

メロンと寸劇 収録「父の詫び状」より

・・・めちゃくちゃ鮮やかじゃない?
冒頭のこのシーンの切り取り方、すっごく色が鮮やかじゃない?

随筆は、到来物の伊勢海老の話から飼っている猫の話になり、途中本業であるテレビドラマの話を挟んで、幼少期の父との思い出に着地する。
何度も鮮やかにシーンが切り替わるのに、最後は幼少期の玄関掃除の話になり、冒頭で伊勢海老が這う玄関とつながってくる・・・という仕掛けになっている。これがまぁ、伏線回収~~!みたいな感じでもなく、自然で鮮やかすぎて、わたしみたいな捻りのない単純な人間はもう、その完成度に毎回懲りずにクラクラしてしまうのである。

いま、中学だか高校だかの教科書に「父の詫び状」が教材として載っているらしい。もしかしたら、暗唱テストなんかにも出されているのかもしれない。
しかしわたしは、この随筆を、自分のためだけに暗唱したいと思っているし、テストの点数のためじゃなく、自分の感性にのんびりと肥料を撒いて、お日様が出たあとに、しばらくしたら耕しながら読みたいと思っている。
そして、暗唱したくなるくらい切り取りたくなる鮮やかなシーンがいっぱいで、どこを切り取りたいかは、読み手が好きに決めたらいいんじゃないかと思う。
向田邦子が教科書に載っていなくて、本当によかった。
それはわたしにとって幸運なことだったと、心の底から思う。


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