ブラックコーヒーを飲み干せるのが大人だろうか
父はコーヒーをよく飲む。休日の朝か昼頃には、やかんに水を入れてコンロに火を付ける。その間に、ドリッパーなどのコーヒー道具一式を用意する。休日の父はそんな感じで一日が始まります。
小学生高学年位からか、父がコーヒーの準備をしていると、コーヒーミルを渡され「ガリガリ削って」と手伝わされた。最初の頃は嫌がってたのものの、『コーヒーが出来たら自分も飲むじゃん』と思って、たまに手伝うことにしていました。
「コーヒーをブラックで飲めるのは大人」このイメージはどこで聞いたのでしょうか。父の影響か。中学生位の時の友達との会話か。何にせよよくある大人への憧れがありました。
大学生になるとコーヒーの飲む量は増えました。買い出しする度にインスタントコーヒーの残量を思い出し、スーパーのカゴに入れる。嗜好品のルーティーンとなっていました。
700mlの電気ケトルを使ってお湯を沸かし、コップにインスタントコーヒーを入れる。完成。カップラーメン同様にインスタントっていうのは凄い発明だよなと実感。
実家を離れていたから、夜更かしは何度もしていました。金曜や土曜、次の日が確実に休日の時のみでしたが。何をすると言えば、大学に提出用のレポートを書く、勉強をする、動画を観る、ゲームをする、本を読む。そんな時のお供はコーヒーでした。
一時期は飲み水がコーヒーみたいな感じになり、頭痛が起こり、眠気が飛んでいる状態になった事がありました。飲み過ぎて頭痛がする、それでもコーヒーを飲みたい。けど体が受け付けない。
「あれ、これはマズい奴では?」
その考えが頭に浮かんでからは、コーヒーを体が受け付けないのでその感覚通りに従い、お茶や紅茶、時には白湯を飲むようになって、ようやくコーヒー飲みすぎの事態を回避しました。
「ブラックコーヒーを飲む」事だけでは表面上の事でしかなく、「自分の体調を考え、コーヒーの濃さや砂糖、牛乳を入れて調節する」ここまでやれると大人なのかなと。もっと言うなら、仕事や生活する上で、ただ一つの事をやるだけではなくて、適応できる範囲を広げる事が大事なんじゃないかと書いている中で感じました。
今では、基本的にブラックに拘らず、牛乳を追加してコーヒー牛乳、もしくは薄めて飲むことにしています。自分がコーヒーを飲むのは、水分補給というよりは、何かの作業のついでとカッコつけ。誰かに見せる訳ではないけど作業中にコーヒーのスタイルは何故か憧れる。
そして、今書いたこの文章の隣には、ちょっと濃いめのコーヒー。
まだまだ憧れを超えるには時間がかかりそうだ。