ジョージ・ミラー「マッドマックス 怒りのデス・ロード」(2015)120分
いやあ、びっくりしました。周囲の「名作です」という声に押されて見たのですが。なんすか、これは(笑)!?
まず「マッドマックス」(1979)は見ている。メル・ギブソンの出世作にして、私的には結構「サイアク」な印象がある。とにかく、妻子が殺されるイメージシーンが、おぼろげな記憶ながら、今でもトラウマになっているほどだ。当たり前の構成だが、「復讐モノ」は「ハッピーなシーン」とそれがぶち壊される「地獄のシーン」が前半の必須である。それが、私は嫌いなのである(だから見ないとはいわないが)。
そんなわけで「マッドマックス」はもう見たくないのだが、36年後(!)に作られたシリーズ4作目の本作は、マッドマックスの「記憶」こそ同一人物の設定のようだが(車も懐かしい)、「スターウォーズ」もびっくりのSFものとなっていた。しかもマッドマックスにも当然「トラウマ」が残っていて、フラッシュバックするたびに、私のトラウマまでヒリヒリするのはなんということか。「マッドマックス」の痛みを、全人類が共有しているということか。まるで「モナ・リザ」を見にいくみたいに・・・これって、ものすごいことではなかろうか。
それにしてもジョージ・ミラー恐るべし。大事な出世作をここまで作り変えてしまうとは!「マッドマックス」である必要がまったくわからないが、でもだからこそ面白いんだろう。
少なからず「フェミニズム的に評価が高い」と聞いていたので、その目線でも見てみたつもりだが、正直「この映画のどこがフェミニズム論者に評価されているのか、まったく理解できなかった」。シャーリーズ・セロンはじめ、きれいなモデルさん方は登場するが、「安寧で保護された自由のない暮らしより、苦労してでも自由を選ぶ?って『定番』すぎじゃね!?」と思ってしまった。
2016年のアカデミー賞では10部門にノミネートされ、最多6部門で受賞したとある。調べてみると「音響編集賞」「録音賞」「美術賞」「メイクアップ&ヘアスタイリング賞」「衣裳デザイン賞」と、確かにとんがっていたところが評価されている。
折しも、続編となる「マッドマックス:フュリオサ」が、今日から日本で公開される。大画面(大音量)でこのバカバカしい(誉めてます!)映画を見に行くのか?見ても絶対に後悔するだろうが、どうしよう!?というのが、今の悩みであります。。。