あわいの景色(「車のいろは空のいろ 白いぼうし 読書感想文」)
空を飛べると信じていました。
雲に包まれたいと思っていました。
たんぽぽの綿毛を追いかけて、つつじの蜜を味わいました。
夕立後の土の匂いに分け入って、草木のジャングルを冒険しました。
渡り鳥の歌を聴きながら、落ち葉の布団で眠りました。
舞い落ちる雪をそのまま食べて、夜空の星に手を伸ばしました。
草木も花も星も動物も、みんなと話ができました。
感じたことのひとつひとつの風景が、心の奥に沁みてゆきました。
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たくさんの知識を身につけて、大人と呼ばれるようになりました。
広くて自由だと思っていた世界は、矛盾と不公平に抑圧されてみえました。
空を飛ぶことはむずかしく、包んでくれる雲は見つかりません。
ふと、立ち止まってみて、あの頃の風景が見えなくなっていることに気がつきました。
随分と遠いところに来てしまいました。
暗い影に飲み込まれそうになったとき、きっとあの風景が救ってくれる。
だけれども、知識と意味と理由と秩序が邪魔をして、どうしても見えないのです。
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このお話は、小学生のときに読みました。
読んだという記憶はありますが、何を感じたのかは覚えていません。
おそらくただ純粋にお話の中に入り込み、あわいの景色をあたりまえのように見ていたのでしょう。
たぶん僕だけじゃないはずです。
子どもたちは、素直にその世界に入ることができるのです。
そこには、意味も理由もありません。
知識も秩序もいりません。
言葉にすることはできません。
でも大切なものなんです。
それが風景として見えるのです。
心の深遠に浮かぶのです。
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大人になって読み返しました。
心の奥に眠っていたものが呼び覚まされて、あの風景が微かに見えたような気がします。
矛盾と不公平で抑圧されていた世界は、やさしさの光に満ち溢れ、強くて美しい世界でした。
やっぱり空は飛べるのです。
雲は包んでくれるのです。
大丈夫、大丈夫、と、
そっと寄り添ってくれるお話がたくさん詰まっています。