インサイドヘッド
インサイドヘッド2の予告を見たので、以前書いたものをnoteに掲載。
1回見ただけで、考えたことをアウトプットしたかっただけなので、ご興味のある方だけ…読んでくださったら…嬉しいです。
長いです。めっちゃ長いです。結論ありません。
(以下 ネタばれあり〼)
インサイドヘッド(原題 Inside Out)は、人の持つ感情を擬人化し、
頭の中で擬人化された感情が人を動かしている、
と、同時に、感情にも個性があり、自立した形で書かれている。
主人公は、ライリー 11歳の少女。
生まれ育ったミネソタからサンフランシスコへの引越しが物語のきっかけとなる。
感情の登場人物は5人
ヨロコビ(joy)黄
カナシミ(sadness)青
イカリ(anger)赤
ムカムカ(disgust)緑
ビビリ(fear)紫
ライリーの中では、まずヨロコビが、
少し遅れてカナシミ、
成長とともに、曲がったことが嫌いなイカリ、
嫌なものを遠ざけるムカムカ、
体や心の安全を守るビビリが生まれる。
実際のアニメーションを作る段階では、
ヨロコビ→ビビリ→カナシミ→イカリ→ムカムカ
ヨロコビとビビリの2人が中心になる予定だった。
ヨロコビ(好奇心)に任せて、
時に危険をかえりみず、高いところに登ったり、
危ないと言われるところに行ったりやったり…と、ある時(経験にもよる)から、
あそこに行ったら怪我をするな、とか、
高いところ怖いとか、水の中が怖いとか、ビビリ(恐怖心)ることで、
命を守ろうとしていく2人の物語も確かにある。
それを、もう少し、感情にフォーカスをすると
ヨロコビとカナシミになるということだろうか。
色の理解
五行で表すと
喜 赤 火
悲 白 金
怒 青 木
思 黄 土
恐 黒 水
となるが、
ヨロコビは、金色のシャンパンの様に泡が立ち込め、光源として描かれている。
ヨロコビが他の子と近づいたりすると、
影ではなく、光の影として、周りを明るく照らす。
五行で考えると、周りをてらせる光源となり得るのは、火以外にあり得ない。
自分の中にある喜びという感情は、
同時に周りをも照らしてくれるということが言えるんじゃないかな。
先日、友達に赤ちゃんが生まれて、
嬉しくて嬉しくて涙もしたんだけど、
未来は明るいじゃないかって、
ただただそう思って、強くなれたりするのも同じかもしれない。
なので、嬉しかったり、喜んだ話をたくさん共有していきましょ。
また、シャンパンの泡のように次々と湧き出てくる。
言い換えると、次々と消えていく。
喜という感情は、五感情の中で、もっとも刹那的で、持続しない。
思い出してあったかい気持ちにはなれるけれど、
大きな喜びが訪れたその瞬間とまったく同じように、
飛び跳ね、抱き合って喜ぶことは…実際はできない。
火の性質上、燃える材料(木)がなければ、火を燃やし続けることもできない。
木を時間の経過とともに燃やし、灰となり、土へと還っていく過程で、大きく燃え上がった火は、いづれ、段々と勢いをなくし、消えてしまう。
例えば、金は、時間が経てばたつほど、鉱物は結晶化し、大きさを増していく。
感情も同じなのかもしれない。
ヨロコビは、チームのリーダーとして描かれている。
ライリーを幸せにするのは自分だと信じて疑わない。
だって、「チームハッピー」って名付けてるんだもん。
それでも、劇中、ヨロコビ自身の体験の中で、他者の強さ、弱さに触れて成長していく。
カナシミは、簡単に言うとジメジメっとしている。
でも〜、だって〜、そんなんじゃ〜…
(ビビリは、もうちょいその要素が強いイメージ。イヤイヤイヤイヤ!!無理っしょ!!みたいな)
実は、一番強力な力を持っている。
記憶のボールは、彼女が触るとブルーに変化するが、他の子が触っても変化はしない。
喜びを含めた全ての感情は、悲しみによって上塗りされてしまう可能性があるということか。
怒りは二次感情で、根底には悲しみが隠れていると聞いたことがあり、なるほどと納得できるが、全ての感情の根源は悲しみなのか。
喜びも、反対の感情が悲しみとするなら、悲しみを知らなければ、喜びも感じられない。
実際、頭の中が休止状態のピザ屋さんも出てくるが、どの感情も触れないと、そうなると言うことなんだろう。
私たちは泣きながら生まれてくる。
嬉しくて叫んでいるという解釈もあるが、10か月おなかの中で母と文字通り一心同体の時間を過ごし、
突如、激しい収縮によって、押し出され、分離され、産み落とされる。
歌姫も、嬉しくて切なくて泣いているんだって言っている。
真っ暗で細い参道を、骨まで変形させ、身体をくねらせて外へと出てくる。
五行でいう水
水は恐れ、ふるまいは潤下。
まさに産み落とされることは、恐怖との戦いなのかもしれない。
この誰しもが持つ分離感は、バーストラウマとも呼ばれる。
余談ばかりになるが、産声は、「ラ」音だそう。
日本では、ドレミファソラシドと、基準がドに置かれているが、
ドイツ音階は、A=ラで、オーケストラなどでの音合わせはAで行われる。
(なんで、日本では、ドなんだろう。ドって土を連想してのことなんだろうか…おぉ~面白くなってきた…と、思ったけど、昔はイロハニホヘトか…)
カナシミが一番強力というのは、
悲=金=五本能でいうと 攻撃本能
とも共通するのではないか。
決してカナシミは攻撃しないのだが、悲しい思い出ボールを上書きしようとするヨロコビに対しては、とても頑なで、健気だ。
悲しみを悲しみとして受け止めることの必要性をずっと訴え続けている。
自分を大事にする根源は、悲しいという記憶なのかもしれない。
涙の数だけ強くなれるよ、じゃないけど、様々な経験をし、うわべだけじゃなく、自分の糧としている人は、強く優しい。
そして、微塵もそれを感じさせなかったりする。
私はそこに人の美しさを感じる。
カナシミは、悲しさを受け止められたときに、別の感情を抱く。
感情自身が受け止められ救われていく中で、感情はどんどん複雑化していき、成長と呼ぶのかもしれない。
イカリとムカムカとビビリの3人が動いたときに描かれていたのは「嫉妬」だった。
同時に思い出ボールがよりカラフルに、彩り豊かに(一色だったものが、レインボーになったり)なっていく。
カナシミは受け止められて救われた。
そして、寄り添えるのもカナシミである。
五行を見ても…というか、何を見てもだけど、「いい」も「悪い」もない。
感情の話でいえば、そこにあるのはただ自分の感情であって、湧いてくるものを誰にとがめられることもない。
それでも、私自身、思い出したくない悲しい思いなんかを、蓋をしたり、見ないふりして、振り切ってきたり、なかったことにしたりして歩いてきた。
きっと誰しもそういう経験があるんじゃないかな。
その経験そのものがカナシミなのかもしれないな、と思うと、人が優しい理由が分かるような気がする。
カラフルに彩っていくためには、って、それが正しいわけでもないけれど、
あらゆる感情をそうなんだね、って見つけてあげることなんじゃないかと思う。
ムカムカは、ちょっとセレブなおしゃれな女の子。
イカリは、石頭っぽいおじさん顔。
ビビリは、棒のようなひょろひょろっとした男の子。
パパとママの頭の中も描かれるんだけど、パパの感情は、全員男の人。
ママの感情は、全員女の人。
でも、ライリーは、男女が混じって描かれている。
この答えは、探し切れていないんだけれど、
11歳という年齢を考えると、
まだ、男女の差がそこまではっきりしていないからなのか、
ジェンダー的なことなのか、
例えば、恋をしたら変わるのかな…と想像する。
エンドロールに、頭の中のコントロールセンターに、
思春期のボタンがあったことから考えると、思春期という多感な時期を経ることで、
心の成長がぐっとすることも示唆されているように考えられる。
製作者インタビューで、
頭の中を総動員すれば私たちは救われる
と話していた。
いつだって、私たちの身体も心も、
そして、とりまく世界全てが、
たくさんの経験をし救われ続けていけるように、
受け止めてもらえるのを待っている…
そんなことを感じた。
感情の特性を知ること
私がどんな特性を持っていて、くせがあるのかっていうことを
見つめてあげるきっかけにもなるんじゃないかと思う。
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