橋本裕子さん - フクシマを胸に、未来の社会を考える人
故郷への貢献を考え選んだ仕事
私はもともとは日本の弁護士ですが、2021年の夏からニューヨーク大学のロースクールに留学し、コロンビア大学にある環境法研究機関でリーガル・リサーチャーとして研修をしたのち、2022年10月より邦銀への出向でロンドンに来ています。
今は銀行員という立場で、主にインフラ関連事業(送電線、ガスパイプライン、鉄道及びEVステーション等)のトランジション・ファイナンスを含むプロジェクト・ファイナンスを担当しています。英国のみならず欧州諸国や中東・アフリカにおける融資案件にも携わり、実際のビジネスや銀行の動きについて知見を広げています。
私が経営に興味を持ったのは、会社経営に携わっていた父や祖父の影響でしたが、早稲田大学商学部に入学して間もなく、父の知り合いのある老舗企業が、法的ガードの甘さからか騙されるように取引先の大手企業に経営のすべてを奪われるという事案に接したのです。本当にそのようなことが起きるのかと驚くとともに、企業を法的に守ることの重大さを感じ、ビジネス・ローイヤーを目差すべく、法学部へ転部しました。
そして2011年、法科大学院への進学が決まった春休みの3月11日に東日本大震災が発生。地震と津波、そしてさらには原発事故が起きて故郷が大変なことになったのです。直接原発事故の影響を受けるエリアからは離れていましたが、自宅は地震で倒壊し、家族との連絡も取れず大変な思いをしました。福島県における原発事故の影響は甚大で、様々な情報を得る中で何か故郷に貢献できないかという思いが強くなりました。
環境分野における日本の立ち位置は
新人弁護士として仕事をし始めた時期はちょうど原発に依存しないエネルギー政策が叫ばれるようになった時期と重なっていましたが、日本のクリーンエネルギー社会へのシフトは難しいことのように思えていました。
そんななかでも、勤務先の法律事務所でエネルギー関連の仕事に携わることができ、留学先のニューヨーク大学では環境法を学びましたが、この分野においてはやはりアメリカはやはり日本より進んでいると思いました。
しかし、ロンドンに来て欧州はさらに先行していることに気づきました。環境関連のルール・メイキングについては、アジアがいかに欧州に追従していくかという構造が、すでにできているのです。
欧米から見た日本はアジアの中で成熟した経済大国で、リーダーシップをとるべきなのに、シフトが遅れているという批判を聞くことがあります。しかしながら、銀行の立場で様々な日本企業と話していると、日本は特に技術面で良いものをたくさん持っていて、この数年で意識も大きく変わってきているように感じます。カーボンキャプチャリングや核融合などの独自技術を軸に、今後、日本が世界でプレゼンスをあげていく可能性もあると思います。
ニューヨークとロンドンを比べたら
ここで仕事の話を離れて、私が感じたニューヨークとロンドンの違いについてお話したいと思います。私はニューヨークからロンドンへ直接越してきたので、ほかの人から「どちらが良い?」とよく聞かれます。「生活のしやすさはロンドン、刺激的なのはニューヨーク」というのが私の答えです。
ニューヨークではしょっちゅう銃撃事件や強盗、誘拐などの事件がありました。ワシントンスクエアの繁華街に住んでいて、近くで事件があると携帯が鳴って知らせてくれるシステムに登録していましたが、毎日のように何かがあってうるさくて、アラートを切ってしまったほどでした。ロンドンはニューヨークと比べると街が綺麗です。ホームレスも少なく、人種差別に遭遇することもなく、圧倒的に治安が良いと感じます。
ただ、ロンドンは暗い秋冬が長いです。曇天が続くうえに夕方4時頃から真っ暗になるので気持ちもどんよりします。そのためか、イギリス人は、短い夏の期間に一日中公園でピクニックをしたり、パブのテラス席で明るいうちから飲み始める習慣があるようです。希少な太陽を精一杯楽しむ心意気を感じます。
ニューヨークは喧騒の街でしたが、夢を追いかけて目を輝かせている人が多くいました。ロンドンにいると、時々それが思い出されて懐かしく感じることもあります。
好奇心に従い環境を変えること
留学も出向も、わたしにとってこれまでとは全く違う環境に足を踏み入れる経験でした。環境を変える決断には色々不安が伴います。私は子供の頃から好奇心の赴くままに物事を決めてしまうところがありますが、旅行などいざその直前になると不安でそわそわとしてしまう性格です。順応性が高いタイプではないため、新しい環境に入って最初はいつも大変なのですが、踏み出してしまえば意外となんとかなるものだと体験的に知っています。
私のモットーは「好奇心に従う」「悩んだらとりあえずやってみる」…少しでも興味があったら、飛び込むことにしています。
ロンドンは欧州の国々が近いので、好奇心に従っていたら短い期間で20カ国以上を旅してしまいました。そのような中、2022年にエジプトで開催されたCOP*へ参加できたことは大変有意義でした。事前チケットは入手できませんでしたが、現地に行くとグリーンゾーン(一般公開エリア)のパスを得ることができ、各国の関係当局やNPOのパビリオンを見学でき、環境技術関係のカンファレンスや研究者のセミナーに飛び入り参加して、多くのことを学びました。
COP27に参加して、日本の弁護士が来るなんて珍しいとよく言われました。確かに、会場で日本人・アジア人にはほとんど会いませんでした。このことから、日本ではCOPも含め環境関連の法や規制について主軸を置いている弁護士は少ないのかも知れないと思いました。「ならば、私がぜひ率先してそのような弁護士になりたい、なろう。」と思うことは、生来の好奇心故かも知れません。これらの経験から、弁護士としてエネルギー関連の仕事、環境関連の仕事をすることで少しでも故郷に貢献できればと改めて思っております。
誰に命じられるわけでもなく、知らないと困るわけでもありませんが、少しでも興味を持ったことには足を踏み入れてみると、新しい肌感覚を得て、人生が広がると感じています。
英国赤門学友会のような同窓会もまた、必要性を感じない方もいるでしょう。しかし、一歩踏み出して顔を出してみたら、そこで思いがけない出会いがあって世界が広がることもあります。肝心なのは、短い夏を愛でるイギリス人のように、自分のいる環境で限られた時間を精一杯楽しむことではないでしょうか。