「光のとこにいてね/一穂ミチ」を読んで感じたこと
父親が医者という裕福な家に育つ結珠(ゆず)と、シングルマザーの元で古びた団地に暮らす貧困家庭の果遠(かのん)。
住む世界が違う出会うはずのない二人は母親が毒親なのが共通点でした。最低限の世話はするけれど娘への愛情がない結珠の母親、極端な自然派思考を強要し自己愛だけの果遠の母親。
愛を知らずに育った二人の出会って別れての繰り返しの切なさを、7歳、15歳、29歳で描いていました。
7歳では、幼くて行動も何もかも不自由。
15歳では親の事情や他人の目で思いのままに動けない不自由。
29歳になってやっと自由になれたようです。お互いがお互いの魂を求め合って、思いやっていました。
おそらくこれからは二人は、互いを心にともる唯一無二の明かりとして寄り添って生きていくのだろうと思われます。
ですが、私はめでたしめでたし。とは思えませんでした。
周りの人のことを考えたら、結珠も果遠も母親達と同じことを繰り返しているんじゃないかって思ったんです。自分本位に振り回した結果、家族を捨ててるんですよね。
瀬々と直の心が心配です。
藤原さんは優しいから受け止めて許してくれてるけど、水人さんは優しいから自分から捨てた風を装ってくれてるけど、心に傷を負ってると思う。
こうやって、連鎖していくのかなあ。
一穂さんが描こうとしてたことからズレたところで反応してしまってるんだろうとは重々承知しています。
だけどさ、そこんとこが気になっちゃうんだもん。
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