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辞書、偉大すぎるな?

先日カラチャイ・バルカル語の『星の王子さま』を、注釈じみたものを書き加えながら訳してみて改めて思ったのは、辞書の存在のありがたさでありました。辞書がないと、わからないところは全然わかりませんでしたからね。

たとえば、冒頭で「ボア大蛇」の説明のくだりがありましたが、訳本では訳者がカッコ書きで「ロシア語でulav、ラテン語でBoa constrictor, таучаで"buuġan jilyan"、…」と本文に書き足してありました。

ん?タウチャ(тауча)?って何語だこれ、と。
-чаの部分は「〜語」という意味だということはわかるけど…ということで、辞書の出番となります。

タウ、たう…あった。тау. 「山」か、へー。便宜的にラテン文字転写するなら/tau/だ。いや/tav/か。カラチャイ・バルカル語、"у"の字母で/u/だけじゃなくて/v/もあらわす場合があるからややこしいな…まあええけど。

ちなみに、トルコ語ならdağだなあ(ğは読まずに隣接の/a/を伸ばして「ダー」のような発音)。アゼルバイジャン語もdağだけどアゼルバイジャン語のほうはğは読むな…で、コーカサス山脈を越えたカラチャイ・バルカル語ではこの語形なのか。なるほど。語頭は無声音化しとるなあ…。

で?タウチャっていうのは?…「カラチャイ・バルカル語」…!

ということは、「山の言語」って自分たちでそう呼んでいるというわけですか。たしかにコーカサス山脈地帯の言語だから、そういう名称になるのかなあ…いやーしかし、他称ならともかく、自称で"тауча"(tavča)という名詞を使うのは興味深すぎるな…?

…と、こういうことが辞書を引けば一発で情報として獲得できてしまうわけですね。

本当に今更、しごく当たり前のことを書いているだけに一瞬思えますが、この当たり前のことって、辞書があるからそうなんであって、ないならどうしようもなくなります。仮に見当はついたとしても、確実にその意味だと分かるまで保留するしかない。

実際先日の記事では2語ほど訳出を保留した語もありましたし、その2語に関してはどこかで答え合わせをしないといけません。将来的にできるかなあ…どうでしょう。

で、話を戻しましょう。何が言いたいって、辞書を編んだ人たちの偉大さですよ。なんたる恩恵かと。改めて。本当に今更ですが。

そういえば日本語でも、昔ヒットした『舟を編む』という三浦しをんの小説がありましたけど(あれは小説、映画ともに大変ようございましたなあ…)、あれのテュルク諸語版ということで、辞書のありがたさを改めて身にしみて感じるよね、という話です。

改めて、語学がコンテンツとして成立するための必需品だよなあと思います。辞書。

自分でこういうのをこさえろって言われたら、それこそ無理ゲーですよね。現実問題としてかなりハードなタスクになってしまうというのは、深く想像しなくてもわかることです。

現実に、トルコ語-日本語辞書を見てください、と。今までそれを手掛けた人、1人かせいぜい2人くらいですよね?その逆となると、さらに条件が厳しくなるでしょうし。

アゼルバイジャン語-日本語も、辞書はないことはないですが、入手は難しいし、語彙数にも限りはありますし。そんなわけでユーザーの側としては、現実問題ということでターゲット言語-英語、あるいはターゲット言語-近隣の言語の辞書があればそれを利用するということになります。

先日のカラチャイ・バルカル語なら、カラチャイ・バルカル語-トルコ語辞典。逆の「トルコ語-カラチャイ・バルカル語辞典」もあったならさらによかったのですが、さすがにそんな素敵な代物は今のところ現世界にはなさそうです(異世界ならワンチャンあるかな…)。

で、英和辞典などを見ますに、やはりこういう仕事は単独でやるには限界があるのだろうなと思うのですね。何人かで手分けして、チームで編纂するのが理想的なのでしょう。チーム作るのそれ自体が大変そうだけど。

以上のようなことを重々承知しているからこそ、今回のようにわかりやすく辞書の恩恵にあずかった瞬間、ありがたいなと思うと同時に、ああ自分も、とも考えてしまうから困ったものです。かなうなら死ぬまでに一冊、テュルク諸語のうちどれでもいいから辞書の編纂に関わってみたいなという欲求ですね…(気のせいであってほしいけど)。

でもなあ…きびしい。きびしいですよね。そもそも、何年がかりの話になるんだっつう話で。単に対応語をあてはめていくだけならまだしも、品詞のタグ付けはもちろん、語義と例文とをまんべんなく入れていくとなると…

それに、昨今の私たちをとりまく現実として「辞書だけにエフォートを割けない」ということもありますよね。わてら、メシ食うていかんといけませんからね…メシ食うためには働かないといけないわけですが、その間辞書編纂には取りかかれませんしねえ。

さらに、仮に辞書が出来上がったとして、では誰がその作り上げたものを世に出してくれるのかという出版の事情もある。市場原理というのは残酷なもので、売れないものは一定の部数以上は刷ってくれないという厳しい現実が我々を待ち受けている…。

辞書を編纂するとなれば、ねこの手も借りなければならないでしょうね…?

といったように、辞書を完成させるって言語を問わず並大抵のことではないということと、それゆえに辞書があることをもうちょっとありがたがるというか、喜びをかみしめようなと改めて思う月曜日の早朝でありました。

で、ですね。
テュルク諸語関係の辞書ですと、あとワイの手元には…キルギス語、ウズベク語、カザフ語、タタール語(タタール-トルコ語辞書)あたりがありますのよね。

例の『星の王子さま』の冒頭あたりでも別の箇所でもいいんですけど、また試訳してみようと思えば、やってやれないことはないですけどどうでしょ…。需要のほどはわからんけど、やってみますか。そのうち。

テュルク諸語動詞で比べてみたら、面白いことになったりせんかな?ワンチャン。

さてさてアドヴェントカレンダー。今日、明日あたりでそろそろ折り返し地点です。
苦難の道のりは続く…が、なんとか完走してみせましょう。クオリティには目をつぶってもらって、引き続き応援してくれたら私は大変喜びます。みなさまもどうぞよい一週間を!

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