夜はあなたの返信が早いから
サークルの打ち上げの飲み会はもう終わりに近い。昼からバスケの試合をフルで2試合こなして足は限界だったのに、居酒屋に入った途端に元気になるのはなんでだろう。これが健全な大学生というものだ。
高校時代にそこそこ本気でやっていただけあって、2試合とも活躍することが出来た。バスケをしている時は何も考えずに済む。相手も同じ大学生だったけど、やたらとかっこつけてみたり、ちらちらと観客席を見たり。確かに同じサークルの女の子に良いところを見せたいのは分からないでもない。でも、バスケはそんなに甘くないよって思って、全力でやった。自分が打ち込んできたことを適当にやるのは性に合わない。2試合目の後半あたりから足が攣りそうだったけど、顔には出さずにプレーを続けた。
勝った後のお酒は美味しい。毎回反省して次に活かそうとしていた部活とは違って、サークルは基本的に楽しむためのもの。もちろん本気は本気なんだけどね。こういうバスケもあるんだなって知ることが出来た。同じようにちゃんとバスケをしてきた人もいれば、そうじゃない人もいる。でも、同じもので繋がれるっていい経験。
今日の試合を思い出して笑いあう。酒が入ってくると時には本気でアドバイスしたりダメ出しもする。
僕のサークルにも女の子がいて女子のチームもある。今日は同じ会場で試合して1勝1敗だった。もちろん打ち上げは一緒で盛り上がっていたんだけど、その中で次々と焼酎ロックを煽っている子がいた。ほとんど話したことはないけど、ボーイッシュでショートヘアが似合う。切れ長の眼をしている。彼女も高校までバスケをしていて、県でベスト4に入ったことがあるんだって聞いたことがある。今日も一人、目を引くプレーをしていた。
周りとはバスケ談議で盛り上がっているらしく、具体的なプレーや用語が聞こえてきた。
バスケと同じくらいのいい飲みっぷりだなと思っていたら、トイレに立った後に彼女が僕の隣に腰掛けた。
「お疲れ。全然飲んでないじゃん」
「お疲れ様。ずっと飲んでるけど焼酎好きなの?」
「お酒ってこれしかないんじゃないってくらい美味しいよ。飲む?」
「いや、遠慮しときます」
丁寧にお断りした僕に、彼女はにやっと笑って挑戦的な目を向けてきた。
「バスケではあんなプレーするのに、焼酎一杯飲めないの?」
試合、見てたんだ。意外な気持ちの反面そう言われると、なんだか悔しくなってきて彼女の杯を取って一気に空けた。喉が熱くなる。
「へー、余裕じゃん。強いんだね」
「飲めるけど匂いが強いお酒はそこまで得意じゃないです」
「美味しいのに。てかなんで敬語?同級生じゃん」
確かにそうだったけど、ほとんど話したことがない人にタメ口で話すのはあんまり好きじゃない。そういうと、彼女は笑って言った。
「真面目か。でももう話したからいいでしょ?乾杯しようよ」
新しくもらったお酒で乾杯すると、騒々しい周りの中で、チン、という音が僕の耳には聞こえた。
「めっちゃいいプレーしてたね、今日」
「全然だよ。相手も強かったし、ミスも多かった」
「そうだね。でも、周りの人たちに気遣ってたでしょ?それでもあれだけの試合できるんだからすごいよ」
そんなとこまでバレていたのか。彼女もちゃんとバスケに取り組んでいたんだなって、素直に感心した。
「私はね、全然ダメ」
僕は彼女のプレーをちゃんと見ていなかったから、特にコメントも出来ずに曖昧に頷いていた。そうしていると、幹事から飲み会の終了が告げられた。3500円を払って店を出る。
店の前でたむろって、二次会に行くかどうか決める時間。大学生にありがちのこの時間は20分は続く。今日は疲れてたし提出期限が迫ったレポートもあって家に帰りたかったから、皆を横目にこっそり駅に向かって歩き出した。
少し歩いてイヤホンを取り出した時、「ねえ、帰るの?」と後ろから彼女の声がした。
「今日は帰るよ。レポートもあるし」
小走りで追いかけてきた彼女は少し不満そうだった。
「せっかくもっと話したかったのに」
「また今度サークルで会えるじゃん」
「会っても飲みに行くかも話せるかもわかんないじゃん」
そう言われて心がぐらりと揺らいだけど、帰ると決めた日は帰る。
「今度は絶対飲むから。今日は帰る」
「やっぱり真面目だ。じゃあ次はちゃんと私のプレー見てちゃんとバスケの話してね○○君」
初めて名前を呼ばれて、LINEを交換して別れて、僕は電車に乗った。
家に帰りついてスマホを見たら、
「今日はありがとう。相変わらず焼酎飲んでるけど、誰も一緒に飲んでくれない。次は最初から飲もうね」
二次会に残りそうなメンバーと、彼女が飲む姿を想像してなんだか笑えてきた。あの中だったら誰も焼酎は飲まないだろうな。すぐに返信する。
「了解。次は行くからまたね」
バスケのスウェットから着替えて、ロングスカートに半袖で焼酎を美味しそうに飲んでいた彼女を思い出した。
#ほろ酔い文学