東中野駅 午前3時(AM3:00)
タクシーを降りて、少しふらふらしながらとりあえず駅のベンチに腰掛ける。大学の同級生との久しぶりの飲み会は楽しくて飲みすぎた。大遊戯場と椎名林檎さんが謡ったのは、もう25年前だということが信じられない。今考えると、時代を先取っていたとしか思えない。新宿歌舞伎町にはコロナ前と変わらないような活気が戻っている。でもマスクをしている人がいると、ああやっぱりあの数年は事実だったんだって実感する。爪痕のように刻まれた嘘みたいな時間だった。
人はまばらで、ただ一つあるガールズバーの客引きの女の子も暇そうにしている。夏の夜は少し夜風が涼しい。黄色い総武線は、新宿→大久保→東中野→中野の順に停車する。大都会新宿、韓流の大久保、サブカル中野の中でこじんまりとした街。それほど栄えているというわけではないけど、立地は良い街。商店街も2つあって、癖のある店が揃っている。でも人は多くない。まあなんというか色々ちょうどいい感じ。
客引きの女の子と目が合った。何回か行ったことがあって、名前は覚えてないけどお互いに顔は分かるくらいの感じ。会釈すると近寄ってきた。
「お兄さん、うちの店来た事あるよね?今からどう?40分2000円」
「もうそんな元気ないよ。帰って寝るだけ」
「そうだよねー。来てくれるって思ってないもん」
「じゃあなんで声かけんの」
「うーん、暇だったから?」
暇だよね。こんな時間に何してんだろって思うもん。でも同じように自分も何してんだろって思う。そんな感覚さえ忘れていたことに気付いた。この時間に飲んだ帰りに駅にいること自体が当たり前じゃなくなっていた。
「東中野でこの時間に人なんてこないでしょ」
「はは、そうだね。でも立ってないとダメだし、これはこれで時間が過ぎてくのを待ってるだけで結構楽だよ」
時間が過ぎていくのを待ってるだけ、か。それもいいかもしれない。イヤホンを外して彼女を見る。イヤホンから音が漏れた。
「なに聴いてんの?」
「なつのうた」
ちょうど、go!go!vanillasのサビの部分だった。
「それっぽすぎるじゃん」
「いい歌なんだって。聴いてみてよ」
「わかった」
「じゃあ帰るね」
「気を付けてねー。今度待ってる」
なぜか右手を出してきた彼女の手を握って、握手する。踵を返して僕は家に向かって歩き出した。
どろどろのバニラアイスクリーム。変わらない夏。