子ども中心のカリキュラム・マネジメントを願って
植草学園大学 発達教育学部 准教授 髙瀬 浩司
「各教科等を合わせた指導」がなくなっている?
知的障害のある児童生徒の学習上の特性について、特別支援学校学習指導要領解説各教科等編(小学部・中学部)では、次のように述べています。
・学習によって得た知識や技能が断片的になりやすく、実際の生活の場面の
中で生かすことが難しいことが挙げられる。そのため、実際の生活場面に
即しながら、繰り返して学習することにより、必要な知識や技能等を身に
付けられるようにする継続的、段階的な指導が重要となる。
・成功経験が少ないことなどにより、主体的に活動に取り組む意欲が十分に
育っていないことが多い。そのため、学習の過程では、児童生徒が頑張っ
ているところやできたところを細かく認めたり、称賛したりすることで、
児童生徒の自信や主体的に取り組む意欲を育むことが重要となる。
・抽象的な内容の指導よりも、実際的な生活場面の中で、具体的に思考や判
断、表現できるようにする指導が効果的である。
また、「各教科等を合わせた指導」の指導の形態については、次のように説明しています。
・知的障害者である児童生徒に対する教育を行う特別支援学校においては、
児童生徒の学校での生活を基盤として、学習や生活の流れに即して学んで
いくことが効果的であることから、従前から、日常生活の指導、遊びの指
導、生活単元学習、作業学習などとして実践されてきており、それらは
「各教科等を合わせた指導」と呼ばれている。
これらの記述からも、知的障害のある子どもたちの特性を踏まえた、効果的な指導の形態であることが理解できます。しかしその一方で、最近になって、各学校の教育課程から「各教科等を合わせた指導」がなくなっている現状が見受けられるようになりました。
以前、ある特別支援学校に訪問したときのエピソードです。当該校の週日課表は、教科別の指導や自立活動、特別活動等で編成されていました。ここまでは、何ら問題のない週日課表であると見て取れました。また、別の学校では、これまでの「日常生活の指導」や「生活単元学習」は「生活」や「自立活動」に、「作業学習」は「職業・家庭」や「職業」に置き換えて、教育課程を見直したとのことでした。子どもたちの様子や保護者のニーズに合わせて、自立や社会参加に向けた適切な指導の形態を検討した結果、「各教科等を合わせた指導」ではなく、「教科別の指導」が最適であると判断して教育課程が編成されたと解釈しました。
しかし、必ずしもそうではない背景があるのです。特別支援学校学習指導要領解説には、次のような一文が明記されています。
・各教科等を合わせて指導を行う場合においても、各教科等の目標を達成
していくことになり、育成を目指す資質・能力を明確にして指導計画を
立てることが重要となる。
この記述による影響なのか、「『各教科等を合わせた指導』で、どの教科の目標や内容を取り扱っているのか、教員が理解や説明することができない」、また、「『各教科等を合わせた指導』で、育成を目指す資質・能力を教科ごとに明確にすることが難しい」といった現場の実状があるようです。こうした背景や時にはトップダウンで、「教科別の指導」で教育課程を編成するように改善されたとのことでした。これらの学校に限ったことではなく、同様の理由で、「各教科等を合わせた指導」から「教科別の指導」を中心とした教育課程に変更されたケースを見かけることが少なくありません。知的障害のある子どもたちにとって「教科等を合わせた指導」の有効性を実感しつつも、やむを得ず、「教科別の指導」を選択している現状に違和感を覚えるのです。
消去法的なカリキュラム・マネジメントへの懸念
決して、「教科別の指導」に変更することが非ではないことを申し添えておきますが、カリキュラム・マネジメントの視点から、児童生徒一人ひとりの教育的ニーズに応じて、最適な指導の形態で指導することが重要です。
また、学習指導要領総則には、カリキュラム・マネジメントについて、「各学校においては、児童又は生徒や学校、地域の実態を適切に把握し、教育の目的や目標の実現に必要な教育の内容等を教科等横断的な視点で組み立てていくこと、教育課程の実施状況を評価してその改善を図っていくこと、教育課程の実施に必要な人的又は物的な体制を確保するとともにその改善を図っていくことなどを通して、教育課程に基づき組織的かつ計画的に各学校の教育活動の質の向上を図っていくこと」と示されています。これは、実際の生活の中で豊かに生きる力を育むために、各教科等間の関連性を高め、子どもたちの生きた姿からの評価・改善を通じた、社会に開かれた教育課程の実現への期待であると考えます。
こうした期待の一方で、「今後の教育課程、学習指導及び学習評価等の在り方に関する有識者検討会論点整理」(2024)で、カリキュラム・マネジメントに関連する課題が挙げられています。「単元や題材など内容や時間のまとまりを見通しながら授業改善を図っていくことについて明記されているが、その意義や考え方が必ずしも十分に明確になっていない状況もある。(中略)単元をベースとして授業を構想することの重要性や示し方を検討すべき。」「カリキュラム・マネジメントについては、学校における実施の認識が高まってきているが、計画を立ててそれを遵守することに注力してしまい、子供や学校の実態に応じ年度途中でも柔軟に見直しながら実施していくことに課題がある。」
また、これらに加えて、教員の多忙化や教師不足等による教育課程実施や授業づくりに伴う負担感も影響していると考えられます。
カリキュラム・マネジメントは、本来、子どもたちの自立や社会参加に向けて、学びの質を高めることにより、一人ひとりが持てる力を発揮し、より豊かな学校生活に向けたプロセスです。知的障害教育においては、子どもの特性に応じた適切な指導・支援を行う観点から、教育課程の編成やその実施の多様性と柔軟性が存在します。しかし、その魅力が最大限発揮されることなく、消去法的に教育課程が編成されていることに懸念を感じるのです。
子どもを中心としたカリキュラム・マネジメントを
子どもを中心としたカリキュラム・マネジメントに向けて、改めて「各教科等を合わせた指導」の意義や価値を明確にしたいと思います。
そもそも「各教科等を合わせた指導」は、横断的・総合的で、最も実際の社会や生活に直結しやすい指導の形態です。知的発達の未分化な子どもたちが、実際の生活活動を通して、自然な文脈の中で身に付けた各教科等の内容が、現在や将来の生活に豊かに生かされていきます。そこで大切にしたい点は、「各教科等を合わせた指導」本来の生活活動におけるテーマの実現や目的の達成に向けた、子どもたちの生き生きとした姿への期待や願いです。その一連の活動を通して、各教科等の目標や育成を目指す資質・能力等を関連付けながら、カリキュラム・マネジメントの視点で、子ども一人ひとりに合わせて目標や内容の最適化を図ることが十分可能であると考えます。
これまでも、「各教科等を合わせた指導」は「実際の指導を計画し、展開する段階では,指導内容を教科別又は領域別に分けない指導」(1991)と理解され、大切にされてきました。実際的な生活活動は、子どもにとって活動や学習の価値・意義が生成されやすく、生活に直結した具体的な形で必要な知識や技能等を身に付け、思考や判断、表現することが可能です。そのためには、子ども自身が生活に生きていることを実感できる、子どもたちにとっての学びの価値を高めていくことが重要なのです。
「各教科等を合わせた指導」における各教科の目標や内容を明確にすることのみに終始せず、子どもたちの豊かな学びに向けた、子ども中心のカリキュラム・マネジメントであることを願いたいのです。
「時流解題~子ども中心のカリキュラム・マネジメント~」(特別支援教育研究第808号.東洋館出版社.2024)を再編集したものである。
【参考文献】
・文部科学省「特別支援学校学習指導要領解説 各教科等編(小学部・中学
部)」(2018)
・文部科学省「今後の教育課程、学習指導及び学習評価等の在り方に関する
有識者検討会論点整理」(2024)
・文部省「特殊教育諸学校小学部・中学部学習指導要領解説-養護学校(精
神薄弱教育編)-」(1991)
植草学園大学・植草学園短期大学 特別支援教育研究センター
障害者支援を学ぶことは、すべての支援の本質を学ぶことです。千葉市若葉区小倉町にキャンパスをもつ植草学園大学・植草学園短期大学は、一人ひとりの人間性を大切にした教育を通じて、自立心と思いやりの心を育むことにより,誰をも優しく包み込む共生社会を実現する拠点となることを学園のビジョンとしています。特別支援教育研究センターは、そのビジョンを推進するため、平成26年度に創設され、「発達障害に関する教職員育成プログラム開発事業」(文部科学省)の指定を受けるなど、様々な事業を重ねてきています。現在も公開講座を含む研修会やニュースレターの発行なども行っています。 tokushiken@uekusa.ac.jp