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特別企画 いんくる座談会(2)

インクルーシブ教育と国連の勧告

 特別支援学校を希望する児童・生徒が増えている背景には、発達障害と言われる特性を持った子どもが急増している現実があります。国連障害者権利委員会は日本政府に対して普通学級から分離された特別支援教育をやめるよう勧告しましたが、文部科学省は特別支援学校や特別支援学級の存在を前提とした日本のインクルーシブ教育を「やめない」と言っています。この状況をどう考えたらいいのか、現場からの視点を中心に考えました。

<参加者>
・佐川桂子(発達教育学部長)
・渡邉章 (図書館長)
・髙瀬浩司(特別支援教育コース主任) 
・野澤和弘(副学長)

国連の勧告をどう考えるか

野澤 国連障害者権利委員会が令和4年9月、日本政府の障害者施策の取り組みに関する「総括所見」を公表しました。その中には普通学級から分離された特別支援教育をやめることを要請する内容が含まれていました。マスコミの中には「特別支援学校を廃止し、すべての障害児を普通学級に受け入れるべきだ」と報道したことから、特別支援学校に通う児童生徒や家族、先生方には「特別支援学校がなくなるのか」と不安を持たれている方もいるかと思います。
 しかし、特別支援学校が積極的に選ばれているのとともに、通常の学級ではいられないから障害児が特別支援学校へ避難しているという側面もあると思います。国連の総括所見を読み進めると「通常学級を担当する教師のインクルーシブ教育に関するスキルの不足および否定的な態度」を懸念事項とし、「通常学級の教師および職員のインクルーシブ教育に関する研修を確保し、障害の人権モデルについて教職員の意識を高めること」を要請しています。単純に「特別支援学校を廃止せよ」と言っているのではなく、通常学級にも問題があるから、そこを変えるべきだと言っているのです。

渡邉 いろいろな困難を抱える子どもがほかの子と同じことを求められる。そうした同調圧力の強さがプレッシャーとなって息苦しさを生んでいるようにも思えます。

渡邉章 図書館長

佐川 通常学級にも障害のある子たちはいます。特性のある子を上手に支援している学校もある一方で教員の人手が足りず専門性が育っていない面もあると思います。

野澤 文部科学省が令和4年に公表した調査結果によると、通常学級で何らかの発達障害があると思われる児童・生徒は8・8%に上るといいます。11人に1人が発達障害ではないかというのです。ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠陥多動性障害)、学習障害、チック・トゥレット症候群が発達障害者支援法の定義する障害ですが、その周辺には障害の診断はなくても発達の凸凹がある子どもたちが広がっています。
 認知やコミュニケーションに独特の偏りがあり、落ち着きがなく集団行動が苦手だったり、円滑な人間関係を取り結ぶのが難しかったりするため、通常学級の先生たちも苦労しているのだと思います。発達障害のある人の中には一般とは違う才能やセンスのある子もいて、外国ではIT業界で活躍したり、映画や絵画など文化芸術分野で有名になったりする人もいます。日本でも経済産業省は「ニューロダイバーシティー」(脳の多様性)という概念を掲げて産業振興に取り組んでいます。IT分野などで発達障害の特性を活用してイノベーションを起こそうというのです。成長戦略の面から過度に期待されることには懸念もありますが、発達障害にこれまでとは違う光が当てられ、彼らの活躍の場が広がる可能性はあります。発達障害の子どもの才能を伸ばすような教育が学校現場に求められるのではないでしょうか。

渡邉 特別支援学校では1クラスを複数の先生たちが担当するチーム・ティーチングを行っている。通常の小学校でもそうしたものを取り入れることも大事かなと思っています。

野澤 文部科学省も通常学級で障害のある子に対応できるようにすることを考えています。「新任教員が採用後の10年目までに、特別支援学校や小中学校の特別支援学級で2年以上教える経験を積むこと」という通知を各都道府県の教育委員会に出したのは2年前のことです。今年(令和6年)の春から実施されています。
 植草学園大学では「インクルーシブ教育」を教育理念に掲げています。保育園や幼稚園や小学校でも障害など困難性のある子に配慮した保育や教育ができるよう、1学年から障害理解を重視したカリキュラムとなっています。「発達教育学部」という名称もそうした理念を表しています。

野澤和弘 副学長

特別支援学校はどうなる?

髙瀬 国連権利委員会の勧告と文部科学省の見解では、インクルーシブ教育の解釈に若干違いがあるように思いますが。今後どうなっていくのでしょう。

野澤 たしかに、国連の勧告に対して文部科学大臣は「多様な学びの場で行われている特別支援教育の中止は考えていない」と記者会見で述べています。実際、障害児だけが通う特別支援学校は多くの先進国にもあり、国連の勧告を受けても残そうとしていると言われています。インクルーシブ教育や国連の示す方向性を否定するのではないですが、現実に一人ひとりの子どもの特性を見ると、通常学級に統合することが必ずしもいいとは思えないケースがあるのだということではないでしょうか。
 養護学校が義務制になってから、障害児を養護学校ではなくほかの子と同じように通常学級に通わせたいという保護者らが「統合教育」を求めた運動が各地で起きました。私は重い知的障害と自閉症という特性の長男がいて、小学部から高等部まで計12年間、特別支援学校に通ったのですが、統合教育の運動を熱心に行っていた先生や市会議員から「どうしてあなたみたいな人が養護学校(特別支援学校)を選んだのですか」と批判されたことが何度かあります。「通常の学校に障害児を通わせない分離教育は差別だ」「がんばって統合教育を進めるべきではないか」と言うのです。
 統合教育を進めてきた障害児や家族、先生方のご苦労はよくわかりました。その理念に反対ではなかったのですが、ざわざわした環境が苦手、じっと座っていられない、言葉でのコミュニケーションができず、抽象的な表現や難しい概念が理解できない、そうした特性の子どもが当時の通常学級で学ぶというイメージがどうしても持てませんでした。それより、ゆったりした環境の中で子どもの特性に配慮してくれる特別支援学校の方が子どもには合っていると思ったものです。
 通常学級で学ぶ障害児にも合理的配慮を手厚くしていこうという現在の方向性は正しいと思います。それが進めば、かつてのような対立はなくなっていくと思いますけれどね。

左から、佐川、渡邉、野澤、高瀬各先生

佐川 その子をそのままを認める、そこからスタートすればいいと思います。特別支援学校で学ぶニーズがあるわけですから、どんな子でも通常の学級に投げ込む(ダンピング)のではなく、そこにいるその子を包み込む(インクルージョン)。小学校か特別支援学校かといった対立的な議論にはならないと思います。

渡邉 子どもを中心にした考え方を共有し、それを大事にすることが必要だと思います。制度のスタイルに重きを置くと無理やり子どもを合わせることになってしまいます。それが本当に子どもにとっていいことなのかどうか。植草学園大学の学生は子ども中心に考える意識がとても高いと思います。大事にしていきたいです。
                               つづく

植草学園大学・短大 特別支援教育研究センター
障害者支援を学ぶことは、すべての支援の本質を学ぶことです。千葉市若葉区小倉町にキャンパスをもつ植草学園大学・植草学園短期大学は、一人ひとりの人間性を大切にした教育を通じて、自立心と思いやりの心を育むことにより,誰をも優しく包み込む共生社会を実現する拠点となることを学園のビジョンとしています。特別支援教育研究センターは、そのビジョンを推進するため、平成26年度に創設され、「発達障害に関する教職員育成プログラム開発事業」(文部科学省)の指定を受けるなど、様々な事業を重ねてきています。現在も公開講座を含む研修会やニュースレターの発行なども行っています。
                     tokushiken@uekusa.ac.jp

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