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特別支援教育はどうなる? (3)

国連障害者権利委員会と日本の特別支援学校


140番目の批准国

 国連総会で障害者権利条約が採択されたのは2006年です。ヨーロッパ諸国をはじめ、韓国や中国などアジア、アフリカ諸国も続々と批准していきました。
 日本が条約を批准したのは2014年のことです。必要な国内の手続きに時間がかかり、世界では140番目の批准国となりました。そんなに日本は遅れているのかと思われるかもしれませんが、それは違います。
 批准に至るまでに日本政府が行った国内法の整備を見ていきましょう。
 まず、2011年に「障害者基本法」が改正され、社会的な障壁を除去するため「必要かつ合理的な配慮がされなければならない」(第4条第2項)と合理的配慮の提供が初めて国内法に盛り込まれました。
 2011年には障害者虐待防止法、2012年には障害者総合支援法、2013年には障害者差別解消法が次々に制定されました。
 差別解消法では、行政など公的機関について「社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない」(第7条第2項)と合理的配慮が法的義務とされました。同時に成立した改正障害者雇用促進法では民間企業等でも雇用の場においては合理的配慮を法的義務とされました。
 判断能力にハンディのある認知症や知的障害の権利を守るための制度として2000年に制定されたのが成年後見法です。ところが、後見人が付くと選挙権がはく奪されることになっていました。権利を守るための制度が選挙権という大切な権利を奪っている矛盾が裁判で争われ、国は2013年に公職選挙法を改正して後見制度を利用しても選挙権が奪われないことになりました。
 国連障害者権利条約の批准までに時間がかかりましたが、それは丁寧に国内法の整備をしてきたからでもあります。日本は140番目の批准国ですが、日本より前に批准した多くの国はどうなっているのでしょうか。

デンマークの障害児教育

 北欧諸国は福祉が進んでいることで知られていますが、その中でもデンマークは高齢者福祉が充実し、若年層に関しても大学生まですべての子どもの教育費が無料であることなどから、「世界で一番幸せな国」とも言われています。障害児を家庭内で養育している親に対して年間約400万円が国から支給されるというのです。間接税など国民負担が重いとはいえ、いかに福祉や教育が手厚いのかわかります。
 そのデンマークは2009年7月に国連障害者権利条約を批准しました。日本より5年も前のことです。16人の理事から構成される障害者理事会(政府と国会の諮問機関)が政府の障害者施策についてモニタリングする任務を負っています。
 2013年秋に私はデンマークを訪れ、障害者理事会のトェ・ビュスコウ・ブトゥケア代表(当時)から話を聞きました。
 デンマークでは伝統的に障害を持った子どもたちを特別支援学校に集めて教育を行ってきました。このような分離教育は国連権利条約の趣旨に反するということで、普通学校で障害児も受け入れるインクルーシブ教育を行うことを後押しする政策に努めているといいます。
 「デンマークでは身体障害や知的障害のある子どもたちの95%を統合して通常の学校に通うことを目標に掲げている。残りの5%は特に心理的・知的な障害を持つ子どもたちで、別の学校で教育を受けることを目標にしている。通常のクラスは生徒数20人が標準。そこに障害を持った子が3人いれば、補助教員を付けて教師は1人ではなく2人で授業を担当する」
 障害のある子を通常学級で受け入れるインクルーシブ教育を進めようとしているというのですが、もともと通常のクラスの生徒数は20人です。日本よりはるかに恵まれた教育環境にあると言えるでしょう。それでも障害児は特別支援学校に伝統的に通ってきたという点をどう理解すればいいでしょう。また、インクルーシブ教育を進めていっても5%の障害児は別の学校で教育を受けることを目標としているという点にも注意が必要です。
 昨年秋に国連障害者権利委員会が公表した日本政府への総括所見では「分離された特別な教育をやめるために、すべての障害のある生徒があらゆるレベルの教育において、合理的配慮や必要な個別支援を受けられるようにすること」を要請しています。
 日本国内ではすべての障害児を通常学級で学ばせる完全なインクルーシブ教育を求められていると解釈する意見がありますが、「先進国」デンマークでは普通学校とは別の学校で学ぶ選択肢も残しているのです。

「障害者関係の予算は削減されている」。ブトゥケア代表の
インタビューについて掲載された記事(PandA-J 18号 2014年)

障害者の選挙権が奪われる

 「発達障害の子どもは通常の学校で補助教育を付けて学習している。うまくいっているかどうかは誰に質問するかによって答えが違う(笑)。保護者たちはそれが良いと考えている人は多い。子どもを普通の学校に入れたいと多くの人が思っている。しかし、中には普通学級では十分な支援が提供されないと不満に思っている人もいる。いじめもあるこは否めない」
 ブトゥケア代表は苦笑しながら、デンマークの障害児教育の現状について語ってくれました。日本の現状と重なる部分が多いことを感じました。
 ただ、驚かされたのは、デンマークには障害者差別をなくすための法律がないということです。日本では国連の条約批准に向けて障害者差別解消法を制定しました。デンマークはそのような国内法の整備をせずに国連の条約を批准していたのです。
 さらに驚かされたのは、デンマークでは成年後見が付くと障害者の選挙権が剥奪されたままだということです。
 「これは明らかに権利条約に違反する。デンマーク憲法では成年後見の下にいる者は投票してはならないと決められている。地方選挙については認められているが、国政選挙では憲法を改正しないと後見制度を利用している障害者は投票できない」
 現状の法律や制度を律儀に変えてから条約を批准したのが日本です。それに比べてデンマークはとりあえず条約を批准しておいて、それをテコに現実を変えていこうというのでしょう。日本より先に条約を批准した多くの国がそのような状況なのだろうと思います。どちらが良いか悪いかはさて置き、日本だけが遅れていると考えるのは明らかな間違いです。むしろ日本が進んでいる面もたくさんあります。
 改正障害者雇用促進法で民間企業にも合理的配慮が義務付けられたこともあり、知的障害や発達障害・精神障害の人の雇用は著しく伸びています。それに比べてデンマークでは障害者の就労は低調だとブゥケア代表は嘆いていました。 
 「正直に言うとこの10年間、障害者の就労率は変わっていない。身体障害者の社会進出は増えているが、知的障害や精神障害の人については低下している。いろんなプロジェクトを実施してもあまり効果がない」

 夏休みのキャンパス。真夏の太陽の下、ひまわりが咲く。
緑が多い植草学園大・短大キャンパス(千葉市若葉区)で。

国連の理想に現実を近づける


 欧米諸国の進んだ障害児教育や障害者福祉を紹介し、日本が遅れていることを強調する調査研究やマスコミ報道はたくさんあります。 
 私自身、コロナウイルス禍の以前は毎年のように海外を訪れ、福祉や教育現場を視察し、政府関係者や福祉事業者、障害者本人や家族らの話を聞いてきました。そうした体験を通して思うのは、最先端の良い実践を見に行くので、先方は良いところを見せてくれるのであり、予断を排して公平に見れば良いところも悪いところもあるということです。当たり前のことですが、日本国内で良い実践もあれば悪いものもあるのと同じです。
 国連障害者権利委員会からさまざまな課題を指摘され、改善を要請されているのはどの国も変わりません。また、知的能力やコミュニケーションに長けている身体障害者と、判断能力やコミュニケーション能力にハンディのある知的障害者、感覚過敏や認知・コミュニケーションに独特の特性のある発達障害者ではニーズがかなり異なり、障害者政策を議論する政府の諮問機関の中で意見の対立が見られる点も同じです。
 スウェーデンでは政府の諮問機関で成年後見制度の存続について議論したところ、障害関係の17団体のうち存続を主張したのは1団体だけ。知的障害者の親の会だったとスウェーデン政府の担当者から聞きました。日本の障害者政策委員会(内閣府所管)でも似たようなところがあり、知的能力やコミュニケーションにハンディのある知的障害者の意見を代弁する人々は少数派になりがちです。
 国連障害者権利委員会の委員は選挙で選ばれますが、日本の政策委員会委員長だった石川准さん(視覚障害者)が務めていたこともあります。そのせいかもしれませんが、身体的なハンディのある当事者の影響を受けた意見が多く反映されているように感じることがあります。伝えるメディアにも問題があるのかもしれません。
 「障害者」という枠には収め切れないニーズの違いや矛盾の中で各国とも現実の障害者をどうやって守るのか試行錯誤しています。国連障害者権利条約の理念、権利委員会の総括所見を重視しつつも、それぞれの国の実情に合った政策を成熟させながら理想に近づけていく。そのような努力を読み取ることができます。
 日本も国連障害者権利委員会の総括所見を正確に深く読み取り、国内の実情をよく考慮しながら障害児教育を進めていくことが大事だと思います。
                                                                              つづく

野澤和弘 植草学園大学副学長(教授) 静岡県熱海市出身。早稲田大学法学部卒、1983年毎日新聞社入社。いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待など担当。論説委員として社会保障担当。2020年から現職。一般社団法人スローコミュニケーション代表、社会保障審議会障害者部会委員、東京大学「障害者のリアルに迫る」ゼミ主任講師。近著に「弱さを愛せる社会に~分断の時代を超える『令和の幸福論』」(中央法規)。「スローコミュニケーション~わかりやすい文章・わかちあう文化」(スローコミュニケーション)、「条例のある街」(ぶどう社)、「障害者のリアル×東大生のリアル」(〃)など。https://www.uekusa.ac.jp/university/dev_ed/dev_ed_spe/page-61105


植草学園大学・短大 特別支援教育研究センター

障害者支援を学ぶことは、すべての支援の本質を学ぶことです。千葉市若葉区小倉町にキャンパスをもつ植草学園大学・植草学園短期大学は、一人ひとりの人間性を大切にした教育を通じて、自立心と思いやりの心を育むことにより,誰をも優しく包み込む共生社会を実現する拠点となることを学園のビジョンとしています。特別支援教育研究センターは、そのビジョンを推進するため、平成26年度に創設され、「発達障害に関する教職員育成プログラム開発事業」(文部科学省)の指定を受けるなど、様々な事業を重ねてきています。現在も公開講座を含む研修会やニュースレターの発行なども行っています。                                             tokushiken@uekusa.ac.jp


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