発達障害について考えよう(3)
ユニークな個性に着目する
植草学園大学発達教育学部教授 野澤和弘
発達障害をネガティブに考え悲観ばかりしてはいけないと思います。発達障害のある人の中には特別な才能のある人もいます。そのような才能が見られなくても、繊細でまじめな人が多いように思えます。彼らの特性をよく理解せず、何が何でもルールを守らせ集団に適応させようとすると二次的な適応障害を生じさせてしまうことがあります。社会生活を送るためにはある程度はそうしたことも必要でしょうが、むしろ社会の側が発達障害についてもっと理解し、配慮することが必要ではないでしょうか。彼らは自由に生きることができます。社会にとっても大きなメリットがあると思います。
「ジュラシックパーク」はなぜ生まれた?
今日の科学文明の進化は発達障害なしにはあり得ない。そうした主張をまじめにする研究者が多くいます。
発明王のエジソン、相対性理論のアインシュタインなどには発達障害を思わせるエピソードがたくさんあります。「E.T.」「ジュラシックパーク」などの傑作を世に出した映画監督のスティーブン・スピルバーグは文字が読みにくいディスレクシアという学習障害の一類型に位置付けられる障害があります。
「文字が読めないので勉強ができず、中学生のころは2年続けて落第した。いじめも受けた。今も普通の人が台本を読む時間の2倍くらいの時間をかけて読んでいる」
雑誌のインタビューでスピルバーグ監督は自らの障害について語りました。世界中を感動させる映画をたくさん作った監督の言葉は衝撃をもたらしました。
「映画への情熱や家族の愛情があったことが私を支えてくれた」とスピルバーグ監督は言います。文字は読めなくても、芸術的センスや企画力や想像力のような特別な才能があり、それを伸ばしてくれる教育を受けることができたことが今のスピルバーグ監督を作ったと言ってもいいでしょう。
アメリカは移民が多い国です。英語を話すことができない、宗教や風習もさまざまな多国籍国家です。みんなと同じであることを強いられる日本のような学校の文化とはかなり異なります。それぞれが「違う」ことを前提に、それぞれの良い面に着目して伸ばそうとする教育があったからこそ、「ジョーズ」や「E.T.」という名作がスピルバーグ監督の手によって生まれたのではないでしょうか。
ニューロ・ダイバーシティ
最近は「ニューロ・ダイバーシティ」という言葉が注目されています。脳や神経による機能が違うだけで、「できない」「劣っている」という多数派による一方的な見方を否定する概念です。
経済産業省は脳や神経の機能の違いはイノベーションを起こす要因であり、企業活動にニューロ・ダイバーシティを積極的に取り入れることを提唱しています。
過度な期待には危うさもありますが、従来の価値観を根底から覆す可能性を秘めているのは間違いありません。多様性の本質を理解するためにニューロ・ダイバーシティを知る必要があります。
ニューロ・ダイバーシティ(Neurodiversity)とは、Neuro(脳・神経)とDiversity(多様性)という二つの言葉を組み合わせた造語です。脳や神経を原因とする個人レベルの違いを優劣ではなく多様性と捉えようという考えで、自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)など発達障害の分野で1990年代から議論されてきました。
最近になって、日本でも経済産業省が一部の発達障害の人の特異な才能や個性が企業活動や研究においてイノベーションを起こす可能性があることに着目し、彼らの才能を活用することを呼び掛けるようになったのです。
「イノベーション創出や生産性向上を促すダイバーシティ経営は、少子高齢化が進む我が国における就労人口の維持のみならず、企業の競争力強化の観点からも不可欠であり、さらなる推進が求められています。この観点から、一定の配慮や支援を提供することで『発達障害のある方に、その特性を活かして自社の戦力となっていただく』ことを目的としたニューロ・ダイバーシティへの取組みは、大いに注目すべき成長戦略として近年関心が高まっております。この概念をさらに発信し、発達障害のある人が持つ特性(発達特性)を活かし活躍いただける社会を目指します」(同省HPより)
IT界のカリスマたち
発達障害をほうふつさせる特性のある人がIT業界を牽引してきたことはよく知られています。マイクロソフトの創設者であるビル・ゲイツ氏、フェイスブック(現メタ)のマイケル・ザッカーバーグ氏、アップルのスティーブ・ジョブズ氏などはしばしば発達障害によく見られる特性を示すことが指摘されてきました。彼らをモデルにした映画でもそうした特性を強調するような場面が随所に出てきます。
一部の傑出した才能のある人だけでなく、大手企業が発達障害と診断される人を積極的に採用するようにもなりました。デンマークのスペシャリステルネ社は自閉症と診断される人の中にソフトウェア開発に寄与できる能力があることに着目し、自閉症の人を積極的に雇用しています。ヒューレット・パッカード・エンタープライズ、マイクロソフトなどの他のIT企業や金融業、製造業にも流れは波及しています。
生成AIの進歩と急速なビジネス展開の中で、IT関連の人材不足は世界的に課題となっており、発達障害の人の潜在能力が注目されているのです。
つづく
(毎日新聞の連載「令和の幸福論」を加筆・修正したものです)
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