自分との関わりの中で考えを深める
本シリーズでは、道徳科の授業で子どもが「自分との関わりの中で考えてくれない」「いつも他人事になってしまっている」という悩みが少しでも解消される方法を紹介していきます。
興味のある方は、シリーズの最後までお読み頂けると幸いです。
1 「自分ごと」という勘違い
道徳科では、評価をするときに「自分との関わりの中で考えを深めているか」という視点があります。
そのため、教材研究や授業構成するときにも、その視点を大切にしながら授業づくりを考えているのではないかと思います。
その視点はとても大切な視点だと思います。
しかし・・・
いつの間にか、「自分との関わりで考えを深める」という視点が「自分ごとで考えさせなければならない」という言葉に置き換えられ、多くの教師が誤った概念に駆られている傾向が見られます。
2 「そのような経験がありますか?」という発問
「自分ごと」という言葉が「自分との関わりの中で考えを深める」という概念と一致していれば問題ないのですが・・・
多くの教師が、「自分ごと」=「教材から離れて、身近な事例で考えさせること」という勘違いに陥っているのではないでしょうか。
その結果・・・
教材を通して、道徳的価値の理解を自分との関わりで考えを深めるよりも、終末段階において、教材から一旦切り離し「そのような経験がありますか?」や「これから、あなたはどうしますか?」という発問が乱用されているように思うのです。
3 自分ごとで考えさせる発問の2つの課題
「そのような経験がありますか」や「これから、あなたはどうしますか」という発問が悪いわけではなく、この発問の機能を十分に理解せずに乱用してしまうと、逆効果になってしまいます。
では、この発問の課題とは何でしょうか。
以下の二つが考えられます。
○教材で考えた価値との分離。
○本音が語ることができない。
4 教材で考えた価値との分離した事例
例えば・・・
私たち大人が、何気なくビジネス書や小説を読んでいて「そのような経験がありますか?」と尋ねられたとき、すぐに自分の身近な場面に置き換えて考えることができますか。
常に、身近な場面に置き換えて考えることは、大人でも難しいと思います。
同じように、子どもも教材で考えていたことを、急に「そのような経験がありますか?」と尋ねられると困ってしまうのです。
そして、数少ない経験から、考えに考えふり絞った結果、教材とはかけ離れた(分離した)事例を述べ始めるのです。
これでは、せっかく教材を通して価値を深めたことが台無しになってしまいます。
5 本音を語ることができない
もう一つの課題について考えてみましょう。
「これから、あなたはどうしますか?」
そう尋ねられたとき、何だか説教されている気分になりませんか。
そして、「模範的な解答をしなければならない」という気持ちになりませんか。
例えば・・・
規則の尊重をテーマにした授業で、子どもが「私は、これからきまりを守ろうと思います」と発言したとします。
しかし、それは本音で語ったことでしょうか。
もし、この場面で「私は、きまりを守れないかもしれません。だって、私はいつも廊下を走ってしまうからです」と発言することができるでしょうか。
つまり・・・
この類の発問は、子どもの本音からどんどん離れていってしまっている。もっというと、自分との関わりの中で考えているのではなく、大人から教えられた、最も模範的な解答を探している状態が起こるのです。
*同じような機能を持った発問に「もしも、あなただったら?」という発問もあります。
では、道徳科の授業で「自分との関わりで考えを深める」ためには、どうすればいいのでしょう。
次号では、その方法について迫ってみたいと思います。
*私のnoteでは、2週間に一度、「道徳科の授業づくり」について書いております。興味のある方はフォローして頂けると幸いです。