今こそ、悪の凡庸さについて話がしたい
故ジャニー喜多川氏の連続性加害犯罪を震源とした問題が、ここにきて芸能界のみならずあらゆる分野の業界に様々な影響を及ぼしています。
ここまで重大な問題なのにもかかわらず、なぜ今まで事務所関係者及び芸能関係者は“見て見ぬふり”を貫き通せたのか、番組やCM制作を依頼する側の代理店やクライアントは“あくまでも噂だから”とスルーできたのか、そして保護者達はなぜ、可愛い我が子をわざわざ黒い噂の付きまとう事務所に入れたのか、もっと言うと、日本中のファンたちが噂を耳にしながらも“推しに罪はない”という免罪符の元、推し活で事務所にお金を落とし続けてきたのでしょうか。
そう考えると、芸能界ってそもそもそういうところ、と勝手に諦めをつけ、色眼鏡を掛けながらも一視聴者として娯楽を享受し続けていた私にも、その一端はあるのかもしれません。
精神論で解決できるものではない
喜多川氏は、約20年前の裁判で性加害を認めています。にもかかわらず以降も変わらず犯行を続けられたのは、周りの人間が目をつぶり耳を塞ぎ口を閉ざしてきたから。そしてそれを隠ぺいすることでメリットを受けていた人々もまた同様に……と喜多川氏を中心に同心円状に広がっていき、中心から遠くにいる人ほど感覚が鈍くなり現実感がなくなっていく、ということが起きていたためと考えます。
残念ながらペドフィリア(小児性愛嗜好)の方は一定数存在します。そしてその嗜好は無くなるものではありません。『子供の心身の発達に大きく影響を及ぼす為、厳しく罰すべきである』と法律で強く抑えつけたとしても、そう簡単に自制できるものではありません。理性を保ち続け、周りの人達の協力を得ながら、気を紛らわせつつ生きていくしかないのです。富と権力を持つ方であればなおのこと、欲求を満たすためにあらゆる手段を講じようとするでしょう。だからこそ、この問題が故人1人の責任であったとは言えないと思うのです。
ホロコーストにも共通する残虐性
1933~45年にかけてヨーロッパのユダヤ人約600万人が虐殺されたホロコーストは、ナチスドイツ政権と同盟国、そして多くの協力者により行われたものです。ナチスの最高権力者であったヒトラーが象徴的に語られることが多いですが、彼1人が全てを実行したわけではなく、彼の思想のもとに賛同した者、取り入るべく自らの思想を翻した者、ただただ指令に従い実行した者、犯罪を認識しながらも世論に合わせた者、とヒトラーを中心に同心円状に広がっていき、多くの者が自ら考えることをせず周りに同調した結果の惨劇だったのです。
敬愛するハンナ・アーレントは、そこに『悪の凡庸さ』があったと指摘しています。それがどんなに恐ろしい犯罪であるにもかかわらず、それに少しでも加担した人々はごく凡庸でしかない、この矛盾を理解しなければなりません。1人ひとりには悪い事をしたという自覚がありません。彼らはただ、自分が所属する組織や団体、グループなどの方針に付き従い『歯車』となっているだけなのです。考える事も、想像する事すらせず、民意に自分を合わせて生きる人々の悪の凡庸さこそが、ホロコーストやジャニーズ性加害問題を生み出しているということに気付かねばならないのです。
自分の頭で考え、心で感じて、自ら正しいと思う道を選び取り築いていくからこそ自分の人生と言えるのではないでしょうか。自分の中にある悪の凡庸さに向き合い対峙できる強さを持つ人でありたい、と、いつも思います。