99%のアーティストの日常
学校や企業の皆さんにアーティストのキャリアの話をすると、興味津々に聞いてくださいます。
アスリートのセカンドキャリアやデュアルキャリアについては浸透しつつありますが、アーティストについてはそもそも生態が知られていない部分もあり、キャリアと一言で言ってもピンとこないと思います。
今回はそんなアーティストのキャリアと、実際に支援するアーティストの日常について書いてみます。
アーティストキャリアとは
みなさんが普段目にしているアーティスト、クリエイター、インフルエンサーは、上位0.3〜1%くらいのレアな存在です。
既存のアーティストやエンタメビジネスの対象は、この上位1%のためのものが大半です。
すると、当然この1%の層が勝ち組で、そのほかは負け組かのように感じられてしまいますよね。
その他の99%の人達も立派にアーティストとして生計を立てていますがこの層の生態はほぼ知られていません。日本アーティスト協会では国の調査や独自調査で得たデータを活用してアーティスト支援をしています。
「99%のアーティスト=王道」と仮定すると、アーティストは単に表現や専門スキルを発揮するだけの生き物ではないことが見えてきます。
8割以上の人が複業で生計を立てているという事実を見ると、ほとんどのアーティストには他の社会人スキルが備わっていることが分かります。
この層はもっと活用できますが、当事者であるアーティスト自らがその特徴を深く理解する必要があります。
アーティストの定義、支援すべき層、ライフスタイル、収入について考える分野がアーティストキャリア®︎ です。
この分野は僕がこの10年ほどで構築してきたものですが、最近はアーティストだけでなく、声優、ダンサー、インフルエンサーなど他のジャンルの方からお声がけをいただくことが増え、教育カリキュラムとして高校や専門学校にも導入されています。
また複業人材をマネジメントする際にも必要な知見として取り入れていただいている企業様もあります。
ただ、社会全体でアーティスト人材の活用方法や価値を理解していただくプロセスはまだまだ発展途上だと感じています。
続いては、僕らの支援活動について、最近いただいたリアクションを4つ紹介します。
これがなんと15年前に僕自身の活動に向けられたリアクションと同じ。
フリーランスやアーティストに対するイメージはあまり変わっていないようです。
1. そんなことやらせていいの?
アーティストやクリエイターの仕事って、創作やパフォーマンス自体でお金をもらうイメージがありますよね。
その通りなんですが、それはひとつの側面に過ぎず、「そもそも仕事は誰が持ってくるんだっけ?」という点を曖昧にしては食っていけません。
アーティストやクリエイターは、基本的に社長や個人事業主として生活しています。
日本で働く人の中で、社長は30人に1人、個人事業主は100人に3人という割合です。
つまり世の中の3%くらいの人は自営するために自分で仕事を獲得し、97%は仕事や役割がある状態で働いていると考えると、自営に必要なことを理解している人は多くはないことが分かります。
自営するためには、事業開発、企画、営業、マーケティング、経理の知識が最低限必要です。
これが「アーティストにそんなことやらせていいの?」という声の正体と、その声に対する答えです。
ちなみに所属やマネジメント契約は業務委託契約の一種なので、「契約したぜー!これで安泰だー!」とはなりません。給料が出る契約は稀で、基本的に成果物を納めることで対価を得る契約です。僕は若い頃これを勘違いしていて、契約が決まった途端に仕事を全部辞めてえらい目に遭いました。
2. 本当にそれで稼げるの?
実際にフリーで仕事を始めてみると、その厳しさに驚く人がほとんどです。
そりゃそうですよね。①で書いたような役割は本来は企業なら複数人で分担するものなので、1人でやるのはめちゃくちゃ大変です。
1日8時間程度ではまったく足りないし、自分の体制が整うまで待っていてはその間は稼ぎはゼロだし、もうとにかく心身ともにひっちゃかめっちゃかな日々です。
そのかわり、四六時中、自分の人生を成長させることにBETしている感覚が研ぎ澄まされていきます。
生計を支える基本の方程式は「報酬単価×サービス数×件数」なので、どこをどうやって伸ばすのかを考えながら走ります。
ただ芸の世界には夢があって、1曲歌って20万円とか、月に数百万円を得られることもあります。
稼げているかでいうと、ここまで書いたことを当たり前にやっているガチな人は稼げています。
3. 思ったより地味なんだね
みなさんが就職したりアルバイトを始めた時のことを思い出してみてください。
初日から上手くいくことは滅多にないですよね。
でもアーティストの世界になると、そういう経験や知識を持っている人ですら、なぜかいきなり上手くいくかのような幻想を抱かれます。
アーティストにも成長のためのプランニングが必要です。
そのプロセスは地味だけど、コツコツ発信していれば本当のファンはそういう姿も応援してくれます。
もっとライブがしたい、仕事が欲しい、曲を出したい…そんな葛藤はあっても、ひとつひとつやるべきことをやって、高めていくステップは必要です。
4. で、結局何やってるの?
人間は自分の知識や期待の範囲で物事を捉える方が得意なので、知らないことや期待と違うことを目の前にした時、すんなり受け入れるのは難しいそうです。
だから表層的にアーティストがどういうものかを知っているが故に、「アーティストはこうあるべき」「これをしているに違いない」という思い込みで見てしまうことがあるんだと思います。
それは一般の職業でも同じで、僕も自分が経験した保険やITや人材の分野のことを、入るまで誤解していました。
僕らはそんなアーティストのリアルな生態を伝えていきたいので、実際に関わっているアーティストにオープン週報を出してもらっています。
日本アーティスト協会の事業開発部での業務と、アーティスト(プロデューサー)としての活動を並行する20歳の羽柴秀吉。
日々の活動や脳内をアップしていますので、ぜひ参考にしてみてください。
さいごに
ここまで読んで「あれ?アーティスト活動の支援してないじゃん」「チャンスくれるのが支援じゃないの?」と思う人も多いと思います。
これ結構言われます。「え、これだけなの?」と。
もっと魔法みたいなすごいことを想像されているかもしれませんが、全然そんなことなく、本人がやった分しか成果は出ません。
それに僕らは安易にオイシイ話を振らないようにしています。
イジワルしたいわけではなく、初期の3年くらいで失敗したからです。
どんなにいいオファーでも、僕らが交渉して獲得した仕事でも、その価値やありがたみを実感できなかったり、次のステップに活用できなければ不毛なものになってしまいます。
瞬間風速的な盛り上がりや数万円のお金のために、感謝されないクライアントやスタッフ、活動が終わって悲しむファンを生んでしまう。
そういう仕事はもうしたくないから、仕事や人間関係の大切さを理解しているアーティストを育成したり支援するようにしています。
振り返ると僕も若い頃は業界の構造や仕事のしくみを理解しておらず、無意識のうちに失礼なことをしていたと思います。若かりし僕の頭には正直「オレをスターにしてくれよ」「誰が食わせてくれるの?」という他力本願な思いしかなかったですから。
でも、やがて実感したのは、自分自身ができることを増やした方が人生の幸福度が増すということ。
いつも神待ち、他責にしていた自分ではなく、生計を立てて信念からブレない音楽をやり続ける方が性に合っていましたし、仕事が頂けるようになりました。
この辺の個人的な価値観は人それぞれでいいと思うんですが、いざ支援側に立つと、やはり再現性が大事になります。
「責任を持ってスターにします」とは言えないけど、「持てる能力を全て使って挑戦し続けられる環境を約束します」とは言えるようになりました。
僕らはアーティスト業に賭けている人が報われる世界を作りたいと思っています。
悔しいじゃないですか。できるのにできないと思われていたり、やれることがあるのに任せてもらえないなんて。
だから「アーティストとして未熟でも仕事してたら立派」とは思ってなくて、「◯ぬほど努力できるアーティストなら、続けるために必要な他のことだって全力でやれるはず」という考えのもと、支援事業をしています。
こうした考えは、あくまでもアーティスト支援の一例に過ぎませんが、本質的にアーティストのためになる事業にこだわっていきたいと思っています。