誰にも必要とされない人間に生きている意味はあるのかということを繰り返し考えている。 家族に見捨てられた人間に生きる価値はあるんだろうか。 小学生の時私は父親に暴力を振るわれていた。殴る蹴る、時には水をかけられる。大切なものを壊される。3姉弟で、私だけ。私は癇の強い子供だったから。父親は母親に対してモラハラ気味で、一度カッとなると手がつけられない人間だった。 そんな感じの幼少時代だったから、中高と私は家族から距離をとって生きていた。もちろん父親と口を聞くなんてことはしない。
生きるとか死ぬとか毎日考え続けているけど、何をどう考えても結局、苦しいって感情しか残されてない生に意味あるのかって結論にしかならないんだよな。
タイトルの通りなんだな。 「死にたい」から逃げたいから死にたいの。 死にたいって感情と付き合うのはとっても苦しくて疲れる。24時間夢の中でさえその感情から逃げられない。死ぬ夢を見るから。 最近は眠るのが怖くて、というより眠たくても眠れなくて、2日ぐらい起きて3日目に眠るっていう3日に一度の睡眠で生きてる。睡眠薬を規定量以上飲んでも眠れないんだわ。あんまり飲みすぎると足りなくなるからそれもできないし。 死にたいって思うの辛くてやめたいんだけど、生きてる限り死にたいからは逃げ
誰がLINE通話とかで自殺について話してくれる人いませんか? まずはメールください mikimaro3832@gmail.com
死ねば苦しまなくて済む
怖いよ生きるのが怖いよ
誰か私に生きたいって言わせてよ
死にたいという気持ちと向き合うのは本当に疲れる。いま死ぬのを諦めたとしても生きてる限り死にたいからは逃げられない。その度に苦しむ。だから絶対に完遂しなくてはならない。
相変わらず毎分毎秒頭の中は死で埋め尽くされてる。 自殺を検索ワードにnoteでいろんな記事を読んだ。死にたいって人で溢れてる。 そこで気になったことがある。 それは家族に愛されてると自覚してる人がいるということ。自分が死んだら悲しむ人がいるという文脈で語られてる。 夢を見た。 私の事を好きだと言ってくれる誰かの手を握ったら、握り返してくれた夢を。心が温かったし、心地よい幸せな夢だった。夢じゃなければ良いと思ったし、またその人に会いたかった。 結局それ以降夢の中で会えてない
罪を死で贖うなんてタイトルにしてるけど、実際のところ死を選ぶ1番の理由は贖罪ではなく、孤独と、そして幸せだった頃の思い出を思い出すのが苦しいっていう点だ。苦しいの感情は体調にも影響しているので、もう仕事もできないでしょう。酷いセルフネグレクトの状態になっているので、自殺しなくてもこのまま緩やかに衰弱してゴミ屋敷の住人になって死ぬんだと思う。だったらささっと自殺がいいね。 そんな話はおいといて。 最近、思い出すことがあるの。 夫と拗れるに拗れる前、まだ守りたいと思ってもらえ
一緒に死んでくれたらなあって人がいる。 Aさんとする。 Aさんの事情は、私が勝手に書いてもいいことではないので書かない。ただ自業自得な私とは違って、彼は理不尽に他人と愛する人に幸せを奪われた人である。愛する人に裏切られて踏み潰された彼の傷の大きさを想像すると辛い。 だから私は、死にたいと悲痛な声を漏らす彼の言葉を否定できない。幸せになれだとか、生きていたらいいことがあるよなんて、無責任なことはいえない。 無理だと思う。 どう生きたって、苦痛を忘れられないだろう。 辛いなら
どうして死にたいほど苦しい人の気持ちに寄り添うことはしないのに、死ぬのを止めるんですか? この問いに答えられる関係者がいたら、コメントかメールで教えてください。 なぜ死にたいほど苦しんでいる人の気持ちに向き合うことも寄り添うことも理解しようとすることもしないのに、死ぬのを止めるのか、私には分かりません。 死にたい人がいた時、あなたたちは無理矢理拘束して入院させるでしょう。 でも医者は私にはっきりいいました。 死にたいを治す薬はないと。 死にたいは病気ではなく単なる絶望でし
まだ生きてます。 わたしが死ぬ時は必ずnoteに遺書を全文UPするので、更新してなくても遺書が上がらない限り生きてます。 毎日死にたいと思ってます。誇張なしに常に頭に自殺の言葉が浮かんでいます。気を紛らわす為に漫画を読んだりネットのまとめを見たりしても自殺という言葉が頭の中を襲ってきて集中できません。 死にたいという気持ちと向き合うのはとても気力を消耗します。でも時々、自殺という言葉が輝いて見える事があります。私にとって救いなんですね。 よく自殺をする人は考えが狭まってい
夫は私を殺すんだね
死にたいという言葉はどうやら普通の人にはとても暴力的で理解不能に捉えられるらしい。 死にたいと口にしたら、そんなことをいうもんじゃないと怒鳴られた。 「死にたいと起きてる間中ずっと考えてる」の言葉は私なりのSOSだったと思うんだけど、「考えてるだけでしょ」と一蹴された。 いや、死にたいと考えてること自体、異常なことだと思うんだけど…。 この異常な状態から解放されたいんだけど。 そんななのでもう私は誰にも何も言わないことにする。 唯一話せるのは首吊り自殺未遂で生き残ったこと
夫と別居してから子供に合わせて貰えず1年になる。 今年小学校になる娘にランドセルを贈った。 ランドセル姿はまともに見れていない。 娘を産んだ時のことをよく思い出す。 東京の桜が満開の時期だった。 新生児室が桜並木の目の前の2階で、窓ガラス一面に白い桜の花が広がっていた。その光景をよく思い出すのだ。 ママはあなたに会えて本当に嬉しかった。 一年後の桜の時期、あなたは初めて自転車に乗ったの。不機嫌な顔で泣いたあなたの顔が可愛くて覚えてる。 小さい頃はね、ママとよく2人きりでお