再会!『オオカミに冬なし』
背後の書棚から何十年ぶりかで『オオカミに冬なし』を取り出したのは、日経新聞(2020年10月31日付)に「ウィズコロナを生きる読書から学ぶ知恵」というシンポジウムの記事で、作家の池澤夏樹さんが推薦していた本のリストで見つけたからだ。
雪と氷に閉ざされた灰色の世界で進む物語だった。粗筋も登場人物も思い出せないが、「オオカミにゃァ冬なしでさァ!」――この最後の一言だけずっと覚えていた。
リュートゲン作、中野重治訳、岩波書店刊。記事には絵本とあったが、300ページを超える児童書だ。ケースには小学6年・中学以上とあり、私が読んだのも6年生のときだった。父が買ってきてくれて、一見して、手ごわいと感じた。
小学生の頃は父がときどき私たちきょうだいそれぞれに本を買ってきた。近くには図書館も本屋さんもない環境だったので、それは大きな楽しみだった。ただ一番上の私には、いつも文字の詰まった本が渡された。
目次を開くと、少しずつ中身を思い出した。
初めて読んだとき、アラスカについて何の予備知識もなかった。冒頭からいきなり厳しい自然、それと格闘する船乗りや軍人やエスキモー(今はイヌイットと呼ぶ)の人々、トナカイやオオカミといった動物たちの世界に私は放り出されたのだった。
一度読み終わっても、またしばらくして何度も手を伸ばしたくなる本がある。
『オオカミに冬なし』も子どものとき繰り返して読んだうちの一冊だ。だから今も手元に置いている。自分の一部のような気がするから。
大人になって次から次へ読みたい本が出てきて、資料として目を通さなければならない本のリストもあり、こんなきっかけでもなければ読み返すのはもっと先になっていたかもしれない。
少し読み始めて、そうだチェス(将棋とあるがたぶん)の場面から始まっていたんだ、ジャーヴィスという名前だった、など次々に記憶が立ち上がってくる。
そしていま改めて、訳がすごかったんじゃないかと思う。
訳者のあとがきには「何よりも、人間の勇気、人間のまごころ、人間のねばりづよい知恵、人間の熱情、人間の愛の物語です」とある。子どもではそこまで読み込めていなかったかもしれない。けれども何か圧倒されるものを感じていたのだと思う。
久しぶりに再会したこの物語としばらく格闘するつもり。(2020年11月1日)
*『オオカミに冬なし』(リュートゲン作、中野重治訳、岩波書店刊、1964年)
版元:https://www.iwanami.co.jp/book/b255044.html
*毎日新聞:今週の本棚・なつかしい一冊
池澤夏樹・選 『オオカミに冬なし』=クルト・リュートゲン作、中野重治・訳
https://mainichi.jp/articles/20200404/ddm/015/070/025000c