パームツリー②

※※※

彼は相変わらず歩いていた。

紙と紙の間に長時間挟まって、熱を帯びたコンピューターのように誤作動を起こし始めた彼の脳は、国道を南下する空気に冷やされた。
トートバッグの底でとぐろを巻いて絡まりほつれている有線イヤホンのように複雑に固着した文字たちは、ほどよい冷気にさらされてようやく前頭葉の書斎にそれぞれの居場所を見つけ始めたようだった。

『トマ・ホーク』という見たことのないコンビニエンス・ストアが現れたのは、本当にトートバッグの中でとぐろを巻いて絡まりほつれている有線イヤホンをどうにかほぐそうと彼が孤軍奮闘している時だった。
白一色で洗練されたデザインの外壁には、カリグラフィーの洒落た文字で「24hour」と書いてあった。
混迷を極めるイヤホンを両手でごちゃごちゃと触りながら、彼は道端にささやかな光を投げる自動ドアに向かっていった。

その自動ドアは結局、何故だか9枚扉になっていた。その開き方がとても複雑怪奇で、1枚目が何事もなく左右に開いたのが不思議なくらいだった。
2枚目は人間の唇のようにしっとりと上下に開き、3枚目は虹のようなアーチを描きながら凄まじいスピードで開いた。4枚目は蛇のようにくるくるくねりながら気持ち悪く開いたし、5枚目は教員が配る前のプリントをそうするように、くねくねと波打ちながら段々を作りずれていって、5枚ひとまとまりで1年3組の生徒たちへ配られていった。そんな調子で目眩がしそうな仕掛けの中を前へ進んでいくと、最終的に9枚目は細分化された30数枚の断片が、万華鏡のように繊細な模様を描いて散らばりながらドアの枠の外へ威勢よく飛び出していった。爆竹が鼻の先で散ったような破裂音に彼は眉をひそめた。

覆うものを失った店内からは、昼間の太陽がLED電球の代わりに取り付けられているかのような激しい光が飛び出し、彼の目の前を真っ白に染めた。彼は何故だかそれを「雪だ」と勘違いした。

一面の銀世界(それは彼の視界が激しい光線にくらまされているだけであった)が朝霧のように姿を消すと、彼が店内だと思ったそこにはまだ陳列棚はなく、電話ボックスほどの狭苦しい白い空間があるだけだった。先ほどの激しい光線は優しい乳白色の照明に姿を変えていた。両手でこねくり回したイヤホンは絡まりすぎて餅のような粘りを持ち始めた。餅は時間を追うごとに粘度を増し、両手の自由を奪った。

両手を禅僧のように前で組み合わせながら彼は前へ進み出た。手が使えないので白い壁に頭から触れ始めると、壁は圧力に耐えきれずぱりぱりと軽い音を立てながら裂け、細かい白いものを舞い散らせながら彼の等身大の穴を開けた。相模原漁港から直送された磯臭い発泡スチロールが、その壁の正体だった。

そんなわけで次の瞬間には、新鮮で巨大なダイオウイカがコバンザメを携えて彼の視界を覆い尽くした。

※※※

(つづく?)

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