【ポンポコ製菓顛末記】 #35 手のひら返し
コンプライアンス・テーマの最後に今をときめくジャニーズ問題に触れようと思う。
ポンポコ製菓、とりわけ広告に携わった筆者として他人事でないからだ。
いい加減な業界
今年春先の英・BBCドキュメンタリーで報じられ、夏に国連調査が行われてから、日本社会もようやく事の重大さに気付いた。これまでまともに向き合わなかったジャニーズ事務所も対応し、マスコミも毎日扱うようになってきた。
この問題の要点は大きく2つあると思う。
第1点はジャニーズ事務所当事者が事件の重大さへの気付きが甘いこと、ゆえにコンプライアンス・リスクへの対応が適切でないこと。
第2点は事件・犯罪が当事者であるジャニーズという芸能事務所だけの問題でないこと。
である。
まず、第1点の犯罪の重大さだ。
実態はジャニー喜多川氏が数十年に渡って青少年に性加害を加えてきたこと。しかも社長という権力とジャニーズ事務所の組織・資産を駆使し、数百人単位の被害者に数十年という長きに渡って繰り返してきたのである。性加害といってもこれが婦女子であれば完全にレイプである。これだけの犯罪規模は昨今珍しいのではないかと思う。
これがジャニー喜多川氏の個人的性癖で会社帰りに公園で青年を誘い、自宅で個人的に繰り返したのであれば、話は別方向になったであろう。
しかし実態は組織関与性が極めて強い。
似たような事件はアメリカのミラマックス、ハーヴェイ・ワインスタイン監督のMeToo運動である。権力をかざして女優にセクハラを繰り返し告発されて大問題となった。総スカンをくらったので、ミラマックス社は破産、当人も禁固39年の判決である。
翻ってジャニーズ問題は当人は亡くなっているので実刑は難しいが、当該事務所は継続とか藤島ジュリー元社長の株は保有するとか、はたまたリスク対応がなっていないとか、そもそも法人の意味が事務所は解っていないのではないか、とか9月7日の1回目の記者会見以来、批判噴出である。
ポンポコ製菓で広告を担当し、広告・メディア業界と長く付き合ってきた筆者の経験から申し上げるが、かの業界の方々はそもそも法人とかコンプライアンス・リスクなどというそんな経験がないから対応が出来ないのは当たり前である。
不思議なのは、解らないのだから詳しい第3者にあずけ、それこそリスク対応に明るい電通の指示を仰げばよいのに、当事者に近い(と疑われる)ヒガシ君を後任社長にすえるなど、対応に疑問が残る。
全く事の重大さを理解できずに消えてしまった、あの「雪印」を彷彿とさせる。 あれは20年前の話なのだが、芸能界、代理店、メディアのムラぐるみでずっと生きてきた業界なので世の中の変化に応じられず、何も進歩がない。事の重大さを解っていないのである。
この辺りは文春元編集長のDIAMOND ONLINEの記事「ジャニーズと戦った元文春編集長が、記者会見を見て感じたこと」に詳しい。
本題の第2点に入る前に、そもそも芸能界、代理店、メディアのムラ業界の方々とはどのような人たちなのか、いくつかご紹介しよう。
タク券事件
・バブル時代の広告代理店のタク券(タクシーチケット)は有名であった。特に筆頭代理店のD社のタク券は営業部長になれば使い放題、担当営業でももちろんタップリ持っていた。当然、得意先接待だけでなく、私用にもやりたい放題だ。ある担当が週末金曜日にキャバクラのホステスに自慢げにばらまいた。好きに使っていいよ!! と。もらったホステスは週末の苗場スキーにそのタク券で東京からの往復利用をした。後日、数十万円の請求が経理に回ってきた。ばらまいた担当は使途を問われ赤っ恥を欠いた。もちろんお咎めはない。
役員の仕事
・D社のライバル、H社のポンポコ製菓の営業担当は 当社の担当を離れてから出世して役員の経営企画室長になった。赤坂のH社の本社オフィスは欧米のオフィスのように開かれていて、部長の個室でもガラス張りで部下からもまる見えだった。 ある時、件の経営企画室長は机に向かって眉間にシワを寄せ一生懸命仕事をしているようだった。外から見ていた部下は仕事大変そうだなぁ~と尊敬してみていたに違いない。しかし、経営企画室長のその時の仕事は、会社の事業計画でも財務戦略構築でもなかった。日中業務時間中に彼がやっていたのは有名な某精力剤の小分けだったのだ。高価の錠剤を小分けして眉間にシワを寄せていても、どう使おうかと心はルンルンだった。
怒涛の〇〇
・20世紀末に大蔵省(現在の財務省)汚職事件で有名になった新宿歌舞伎町の飲食店は大蔵省や銀行関係だけでなく、広告業界でも当然頻繁に接待に使っていた。特にお台場のキー局の営業の使い方は半端ではなかった。ある営業担当はあまりの回数の多さに上司から問い詰められたらしい。得意先接待にももちろん使っていたが、それ以上に私用で使っていたのだろう。当然接待費を捻出するために架空の伝票を切る。筆者は酒が飲めないのだが、おそらく大酒飲みにさせられて接待相手としてしょっちゅう名前を使われていたに違いない。
名刺トランプ
・お台場のキー局に対して赤坂のキー局の営業担当も負けずにいいかげんだ。ある時営業局の組織改正があったというので挨拶に来た。部長の私と部下で挨拶を受けたのだが、「新しい名刺はこれです」と言ってまるでトランプを配るように自分の名刺を机に配りだしたのだ。クライアントをクライアントとも思わない失礼な輩なのだが、それだけでは収まらない。
後日接待を受けたとき、私たちは当社の商品の詰め合わせをお土産に持っていった。独身なので菓子などは興味がないのは理解できるが、失礼なのはそのあとだ。1次会が終わり2次会に韓国バーに行ったとき、持って行ったお土産をホステスに我々の目の前で配ったのだ。まるで余計なものだから処分しといて!!と言わんばかりだった。
その失礼さにさすがに呆れてしまった。
大物マネジャー
・ポンポコ製菓のベテラン広告部担当は仕事ができたため、某メジャー芸能事務所(いまトラブル渦中のJ社である)からの信頼は絶大であった。あるとき、芸能界きっての超大物マネジャー(中年女性)と仕事の打ち合わせを行った。その日に限って仕事場でなく、自宅のタワーマンションに呼ばれた。担当は暗い部屋に通されて会話が始まったとき、これは何かのお申しつけか、お応えしなければいけないのか、と本気で悩んだ。しばし会話がはずんだが、慎重に仕事ペースに戻し、何事もなく事なきを得た。
一蓮托生
さて本題の第2点である。
当事者のジャニー喜多川氏、ジャニーズ事務所の罪は重い。しかし責任は当時者だけではない。ことが大きくなって手のひら返しのようにメディア・TV局は批判しているが、長年なんとなく知りながら放置してきた責任は同罪である。筆者が広告の仕事に従事していた時もうわさで聞いていた。
クライアントの耳に入ってくるのだから業界が知らない訳がない。ましてやジュリー社長やジャニーズ事務所のタレントたちが全く知らない、聞いてないなどありえない。
何よりも1988年にフォーリーブスの北公次氏が今と同じように告発し出版しているのである。また1999年には文春が記事にしてジャニー喜多川氏は名誉棄損で訴えたが高裁で却下されている。ほとんどクロにもかかわらずいずれもメディアはさして報道せず問題にしなかった。
何故か?
ジャニーズ事務所にメディアも代理店もアタマが上がらなかったのである。だから触れてはいけなかった。
そもそもTV局にとってはタレントは使う側であって事務所の言いなりになる立場ではない。にもかかわらず数字(視聴率)が取れるものだから言いなりであった。主従が逆転してしまっていた。それを今になって手のひら返しのように告発しているが同罪である。
そして同罪と言えば広告主のクライアントも同罪だ。筆者だけでなく広告主もなんとなく知っていた筈だ。にもかかわらずCMに各社長年使ってきた。それをことが明るみ出たからと言って、使用を控える企業が続出しているが、これも考え物だ。
それを考えさせられたのは、元ネスレジャパン社長の高岡氏のコメントである。ネスレは高岡氏が社長時代はジャニーズタレントは使わなかったそうである。コンプラアンス上、問題ある噂がある以上、リスク対応として使用しなかった。タレントが事務所を離れ独立した時には初めて使ったそうだ。
有罪でなくても問題ありそうな反社会的勢力との付き合いは企業は決してしない。同様にジャニーズ事務所は限りなくクロに近かったので本来付き合うべき相手ではなかったのである。
それを人気があるからと言って、使う側であるにも関わらずメディアと同じように各社最恵国待遇で付き合ってきたはずだ。当社の担当がジャニーズのマネジャーに腫物を触るようにお付き合いしたのはその表れである。そういう意味では自身の反省を込めて、広告主もメディアと同罪と思う。
ジャニーズ事務所を糾弾、指摘するだけでなく、メディア、クライアントも含めた業界全体で大いに反省し、コンプライアンス観点で癒着、忖度を正すべきだろう。
ジャニーズ事務所問題は日本人の醜い部分を映し出す鏡だとライターの窪田順生氏は指摘している。つまり、長いものに巻かれ、都合が悪くなると「手のひら返し」するマスコミは、日本人の醜さそのものだというのだ。
ある記事で松下幸之助の名言、「国民はみずからの程度に応じた政治しかもちえない」というのを倣って「国民はみずからの程度に応じたメディアしかもちえない」と述べていた。
その通りだと思う。