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【レポ】江戸川乱歩名作朗読劇『孤島の鬼』~重松千晴さんの演じる箕浦くんが見たかったんだ

重松千晴さんが箕浦くんを演じると聞き、江戸川乱歩名作朗読劇『孤島の鬼』27日の回観劇してきました。


江戸川乱歩『孤島の鬼』

全作読んだわけではありませんが乱歩作品自体結構好きで、中でも『孤島の鬼』はとくにお気に入りの作品でした。
『孤島の鬼』がどんな話か、自分なりにまとめてみると以下のような感じです。

『孤島の鬼』あらすじ
主人公・箕浦はまだ30歳にもならないのに真っ白な白髪である。なぜ自分が白髪になってしまったのか。
箕浦の恋人・初代、美しくも陰のある青年・諸戸、変わり者の探偵・深山木。箕浦と、箕浦を取り巻く人物たちを襲う事件と謎の真相。
箕浦が語るその顛末は、愛と異形に彩られたおぞましくも美しいものだった。

『孤島の鬼』は、奇妙な連続殺人事件の謎を解く探偵小説的な要素と、奇形・異形の棲む島という怪奇小説的な要素、そして箕浦と諸戸の同性愛描写が醸す耽美小説的な要素が絡み合い、エロ・グロ・ホラーを兼ね備えたアングラの王道とも言うべき作品です。

乱歩作品の中でも、知名度も人気も高い作品ですし、朗読劇という視覚的制約の多い形式の中で、どのように表現・演出するのか、ものすごく興味がありました。
何より、気が弱いのにちょっと小悪魔系で気が多い美青年・箕浦くんを重松千晴さんが演じるという点が気になりすぎてしょうがなかった。
『孤島の鬼』の朗読劇に重松千晴さんが参加するという情報を得て、「まさか箕浦くん役……?」と思ったら本当に箕浦くん役。見に行くしかないじゃない、ということでチケットを取りました。

余談~大須賀めぐみ『マチネとソワレ』

乱歩自体はちょくちょく読んでいたのですが、『孤島の鬼』を読むきっかけになったのは、大須賀めぐみ『マチネとソワレ』の中で『孤島の鬼』を作中作として扱う回があったためです。

大須賀めぐみ『マチネとソワレ』あらすじ
舞台役者の三ツ谷誠は、死んだ天才役者の兄・三ツ谷御幸と比較され続ける毎日に嫌気が差していた。そんなある日、タクシーを降りると"死んだはずの兄が生きていて、自分が死んでいる世界"になっていた。
兄と比較されることのない世界で、何者でもない「役者・三ツ谷誠」として、兄と直接対決を目指し、演劇の世界で戦う。

あらすじでは全然伝わらないのですが、ものすごく殺伐としていて登場人物全員ネジが外れた演劇狂人で面白い漫画です。第1話から主人公が役作りのために1万円札でケツを拭いてる漫画。

そんな漫画の中で、主人公の誠と主人公の兄・御幸が『孤島の鬼』の箕浦と諸戸をダブル主演で演じる回があります。
アングラ演劇の大家が演出をつけるという話で、原作を読んでから『マチネとソワレ』を読んだのですが、『孤島の鬼』のコミカライズと言ってもいいくらい雰囲気がありました。

とくに箕浦と諸戸の同性愛的関係を強く押し出し、かつ原作では「蛇」と形容される諸戸をあえて「人間」ととらえ、逆に箕浦を「蛇」として演出するという解釈が、原作を読んだときの私の印象にぴったりでものすごく大好きな回です。
ゆえに、今回の朗読劇も、箕浦と諸戸の関係をどのように解釈し、演出するのかが何よりも気になっていましたし、私の中では完全に「蛇の箕浦くん」のイメージが完成されていたので、そんな箕浦くんを重松さんが演じたらどうなっちゃうのか興味津々でした。


情緒不安定な箕浦と理性で欲望を押さえつける諸戸、それを見守る謎の緊張感

重松さん目当てだったのであまり客層の予測が就いていなかったのですが、結構年齢層が高いように感じました。
チケット代がそう安くないことと、夜の公演であることも要因としてあるのかもしれませんが、乱歩ファンもいるのかなあと思いました。

今回の座席は前から4列目の上手側ブロックで、普通に良席だし重松さん目当ての人間としては神席でした。
舞台手前側にスタンドマイクが上手と下手に一つずつ設置されていて、舞台後方のセンターに座って読むマイクが一つとスタンドマイクが一つ、上手にスタンドマイクが一つ、下手に音響装置という配置だったのですが、重松さんの基本立ち位置は舞台手前側の上手でたまに下手に回る形だったので、重松さんを注視していても全然不自然じゃない上に全体もよく見えるし首も疲れない。最高。

開演前から水滴が滴り落ちるようなSEが続いており、舞台には不思議な模様が描かれていて、作中の"孤島"のイメージなんだな~と感じました。
開演するとザアーッという土砂降りのような木々のざわめきのような音が強くなり、照明が落とされ、重松さんが現れました。

ここで、初めて生身の重松さんを見たことに気付いて結構動揺しました。しかもめちゃくちゃ近い。肌がきれい。
割と長くファンをやっていて現場慣れしてしまっていた推しの現場ばかりのここ数年を過ごしていたので、生身の推しを初めて見たときの感動ってこういうことだよなあ!!!という興奮で最初の数分はあまり冷静じゃなかったのですが、すぐにこの『孤島の鬼』はかなりアレンジが入っているらしいことに気付き、舞台に集中することができました。

というのも、箕浦くんが語る相手は明智小五郎の助手・小林少年であるらしいこと。
『孤島の鬼』には明智小五郎は出てきません。
そう、なんと"重松さんが箕浦くん役"ということ以外何も目に入っていなかったのです。
ちゃんとポスターにも「明智小五郎」「小林芳雄」って書いてあるのに。目が節穴。

話の筋としては、箕浦が明智の探偵事務所を訪れ、小林少年に初代と深山木が殺された事件の経緯を説明したのち、諸戸と共に孤島へ向かうというもの。
語りの相手が小林少年であること以外は、前半の筋はほぼ原作通りでした。

原作の流れに沿っているからこそ、どこの演出に重きを置いているが分かるもので、箕浦と諸戸の描写がかなりねっとりしてるな……と感じました。(複数日程で演者を変えて公演してるので、あくまで今回の印象ではありますが)

まず、最初に諸戸が箕浦への欲望の一端を示す「熱い手だね」の場面は、汐谷さん演じる諸戸の演技は割とサラッとしていて理性で抑えることのできる人間だなという印象を受けたのですが、箕浦が諸戸の家を訪れて初代と深山木を殺した犯人は諸戸ではないのかと問い詰め取り乱す場面では、"諸戸が箕浦を抱きすくめる"という演技が、声だけなのに地の文での説明が入る前から伝わってきて、声優さんすげえ!と思いました。

重松さんの取り乱し声を荒げながら捲し立てる箕浦の演技も真に迫っているし、「箕浦くん!」の一言だけで(あ、今抱きしめたな)と感じさせる重松さんと汐谷さんの息の合い方も良かったし、そのあと重松さんの地の文で「耳元で囁く」と説明されたあとに来る汐谷諸戸の掠れ声がとてもセクシーに響いてきて、BLCD公開録音かな……と邪なことを考えてしまうほどの謎の緊張感に襲われました。正直後半の緊張感は比じゃないほどでしたが。

諸戸が多分一見して正統派な美青年として演じられている一方、箕浦は情緒不安定で思い込みの激しい性格のイメージで演じられているのかなと思いました。
とにかく地の文と台詞文がシームレスで、感情が昂ると早口に感じるのですが、途中秀ちゃんの手紙を読み上げる場面では明らかに声色を変えていたので、多分わざとなんだろうなあ、と。
そもそも重松さんの地声と役のときの声が全然違うので、意図的なものだとは思いますが強いていうなら同じく情緒不安定がちキャラの礼瀬マヨイと系統が同じ声色で演じられていたのにもそう思わせられました。

というか、やっぱり重松千晴さんは負の感情を昂らせるのが上手い、と思いました。
箕浦が初代の遺骨を飲み、死んでしまいたいと叫ぶ場面があるのですが、ただ死にたいのではなく憎しみと陶酔のこもった殺意にも似た感情を宿らせながら叫んでいる、と感じさせるのが上手すぎる。
あの瞬間、礼瀬マヨイ役であることに納得もしたし、今回箕浦くんである理由も理解できた気がしたし、"重松千晴の生演技を聞いている"という自覚が芽生え再度動揺しました。

終盤、古井戸の中へ入る箕浦と諸戸。
暗闇に閉じ込められた諸戸が我を失い箕浦に襲いかかる場面ですが、ここでも箕浦と諸戸の演技が良い、と思いました。

原作では徳さんによって語られる木崎家と諸戸家の経緯が、本作では諸戸によって語られるのですが、箕浦を抱きかかえながら暗闇の中淡々と年号まで暗唱する諸戸の焦点の定まっていないような目が見えるようで、一息おいて静寂を破るように発される「嫉妬しているんですか」という箕浦の混乱を湛えた言葉、それを契機に燃え上がるような諸戸の嫉妬と欲望の吐露が、昼ドラかと思うほど激しく盛り上げる展開でここが一番色々な意味で緊張感がありました。

すごく分かりやすくて良い脚本だなと思ったのが、箕浦に迫る諸戸の「僕を愛してくれることはできないのか」という台詞が、丈五郎がかつて発した言葉と同じものである、という設定になっていたことです。
諸戸は丈五郎の実の子供ではないことがあとで明かされますが、自分の生まれを呪っている諸戸が憎む丈五郎と同じ言葉を発してしまっていること自体に、諸戸の絶望を感じてすごく好きだなと思いました。

そんな諸戸を「蛇」と呼び、襲われる箕浦くんなのですが、原作では声出してないのに喘いじゃうんだ!?という驚き。
いや、「喘ぎ声を上げた」って地の文で言われるだけだったのですが、マジで喘がれてたら冷静さを欠いていたと思うので良かったです。

そこにやってくる小林少年の声。
こんな場面に小林少年が出くわしてはいけない!という謎の焦りもありつつ、こういう風に明智小五郎をリミックスさせてくるのか~という感心がありました。

原作では助けの声に我を取り戻す諸戸でしたが、本作では箕浦の口を塞ぎ二人だけの世界を守ろうとする諸戸。
序盤から理性的な真人間として描かれてきた諸戸が闇の中で豹変し、欲に溺れている様子がよく伝わりました。

そして最後の、諸戸の死が語られるエピローグの場面。
最後をどう演出するかで箕浦と諸戸の関係が決まるかな、と思いどきどきしていたら、なんと箕浦が「美しい諸戸と自分の顔が土蔵の鉄格子の中に見える夢」を見て、その中で「諸戸に『あなたはもういない』と言われる」というもの。
ど、どう受け取るべきなのか……!?と混乱してしまいましたが、容赦なく演者一同の礼と挨拶で終演してしまいました。
重松さんの「本日は、どうもありがとうございました!」というマイクを通さないご挨拶が低めの声で張り上げててまた良かったな、と思いつつ、この最後の場面を解釈するために台本買っておくべきだった!!!と激しく後悔しました。
重松さんのインタビューと宣材写真を手元に置きたくてパンフレットを購入していたのですが、台本の方は買っていなかったし現金も手元になかった。物販は現金決済しか出来ないことも多いということを完全に失念していた。無念すぎる……。


総括~声優推すなら東京住め

今回朗読劇としてアレンジされた『孤島の鬼』を見ていて、箕浦と諸戸のやり取りが活字を読む以上に生々しく感じられ、改めてあんなことがあって獣呼ばわりまでしたのに諸戸のことを"親友"と呼ぶ箕浦の得体の知れなさは一体何?という良い意味での気持ち悪さが際立っていたし、声優さんってすごいなあとしみじみ思いました。

皆さんプロなので当然ですがこっちは手元に台本も何もないのに一言一句はっきり言葉が聞き取れるし、ほぼ動きがないのに声に感情が込もっているのがすごい。
とはいえ実際に台詞を喋ったり、他の人との掛け合いをしていたりする時は、表情を付けながら演じられていて、普段アニメや吹き替えで聞いている台詞もこんな風にして収録しているんだろうかと思えて面白かったです。
とくに重松さんは、激昂するときに全身を震わせるようにしていて、ああ声帯が震えている!と思いました。
宮地さん演じる深山木が海に飛び込むときの楽しそうな叫び声、逢田さん演じる少年から女性の演じ分け、汐谷さん演じる諸戸のマイクを通さない「危ない!」という台詞も印象に残っています。

朗読劇自体きちんと現場で見たのは初めてだったのですが、こうして演じている様子を目の前で、息づかいも表情も込みで見るのってすごく良い体験だなあ、楽しかったのでまた行きたいなあ、と思いました。

元々重松千晴さんを好きになって応援したいと思ったきっかけが、スタステ(あんさんぶるスターズの声優によるライブ)の配信を見て、ゲームの中の礼瀬マヨイをリスペクトした振り付けや、ライブなのにCDかと思うほど上手すぎる歌声、そしてあまりにもマヨイと違いすぎる地声のギャップにノックアウトされてなので、いつかスタステも見に行きたいと思っていましたが、こうして静かに座ってじっくり聴いているのも楽しいし、あの激しいライブパフォーマンスに負けず劣らず魅せる演技をしてくれているんだと思えたことが嬉しかったので、本当に来てよかったです。
というかむしろ現地に行っても遠すぎてよく見えなかったり前の人の頭で隠れる可能性があること考えたら現地参加するなら朗読劇の方が……?

しかし地方民ゆえに、なかなかこうした朗読劇の度に現地に足を運ぶのは難しい。
重松さんのTwitterを見てると結構朗読劇には出演されてるみたいなのですが……こういうとき東京はいいなあと思ってしまいます。
声優推すなら東京に住め、ということか……と東京に引っ越した声優オタクの友人を思い出すなどしました。

思ったより長くなってしまいましたが、本当に良い現場に参加できたなという気持ちでいっぱいです。
新年一発目の遠征が景気よく過ごせてよかった。
まだまだ難しいご時世ですが、今年も色んな現場参加出来たらいいなあと思っています。


原作は青空文庫で読めますので是非。


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