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20代から始めておきたい人文ジャンルの勉強

読書習慣のない若いビジネスパーソンの皆さんに、本読むといいことあるよという話です。

センスメイキング

センスメイキング、という本があります。

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0-%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%93%E3%82%A2%E3%82%A6/dp/4833423065

だいぶ前に読んだので、内容あまり覚えていませんが(すいません…)

トップ・マネジメントやエグゼクティブになるほど理系よりも文系、人文ジャンルの知識体系、教養が必要になるよね。最近はデータサイエンスとか理系のキャリアや素養が必要だと言われているけど、実際のところは昔から組織のトップ層は人文系。

みたいな論説だったと思います。

この論調は、人によって受け取り方や必要と感じる度合いがかなり変わると思います。そもそもそんな知識に有用性感じない、という人は一生縁がないでしょうし、客観的に自己を認識する人、内省をする人なら感じるところがありそうですが、そういう人はあまり多くはないようです(多ければみんなもっと本読んでる)。

では、いつどこで人文ジャンルを必要と感じるのでしょうか。

結論から書くと(しっかりした読書をしない人が、という前提で)
人文ジャンルの教養を身に着けないと!と危機意識として自覚できるタイミングは30代後半~40代以降
現実として始めたほうがいいタイミングはそれよりずっと前の20代(できれば10代)

だと思います。

では、このタイミングがずれてしまう理由を書いていきます。

書けない、語れないミドルクラス

7~8年前まではコンサル会社のコンサルタントとして、主に対顧客のプロジェクトや自社内のマネジメントをやっていました。こういう種類の仕事をしていると文章を書く機会があまりないですが(それでも他の職業よりは多いと思う)。

周囲で仕事をしている人たちを見ると、コンサル先のお客様の場合は何らかの社内プロジェクトに参加しているそれなりのキャリアや出世するコースの人が多かったです。もちろんコンサル使っているので超大手企業の方々です。

話すのは上手いし、パワポも書けます(書ける人もいる)。

自分の周囲にいた同業のコンサルタントともなると、ほとんどがハイスペックの人材。およそほとんどの事を平均以上にできる人が多いです。

そういう方々と接していて「あぁすごいな、この人たちは自分ができることならほぼ自分よりうまくできるんだろうなぁ」と思っていました。

その後、コンサルタントをやりつつマーケティングもやることになり、何が変わったかというと、書く仕事が増えて、人の話を聞く機会も増えました。

そこで気付きます。

パワポは書ける。メールも書ける。
でも、文章が書けない人がいる。
かなりの割合で存在している。

会話も超絶上手いのに、語れない人がいる。

インタビューをして文字に起こしてみると、それがよく分かります。
雰囲気と勢いで誤魔化せないテキストでは、一貫性のなさや展開の破綻が目に見えてしまう。使う言葉が単調。強調や形容詞がすべて同じ表現で繰り返し。インタビューしている中で気になることがあって突っ込んで質問をすると、ボロが出てしまうので質問できなかったりもします。

マーケティングをやりはじめて、そういう人が一定数いることに気づきました。

あ、これが人文ジャンルを勉強したか否かの違いか、と。

できる人には2種類いる(らしい)

もともと本を読んで思考する訓練をしている人

いわゆる「育ちのいい人」がここです。読書をする中で様々な表現・語彙を身に着けている人。自然とやっていることなので、嫌みがないです。これは強い。こういう人はいい。いいなぁ。。

キャリアの早い段階で気付いて教養を身に着けた人

今回言及したいのは、後から何とかした人の例です。

コンサルタントの場合、キャリアの早い段階でもクライアント向け提案書を書くチャンスがあります。そして、提案書の冒頭の「クライアントへのメッセージ」は比較的長く文章を書けます。情緒的に書いたほうがいい、ほぼ唯一のスライドです。
ある人曰く、若手の頃にこれを読んでいて気付いたそうです。

「あ、これは単にスキルだけでは書けない。これを書けるようになるには、どうすればいいだろうか?」と。

その人が先輩コンサルタントに相談したところ「本を読め」とシンプルな回答だったそうです。

書く、語る機会が突然訪れる

上記の「気付いた人の例」は運のよいパターンで、ほとんどの人はここに危機感を感じません。
書けないところは誰かに書いてもらえばいい。誰かが別の提案書で書いた内容を使えばいい。
当然の発想として、そうなります。

そして、残念なことに普通に仕事をしていると、しっかりした文章を書く機会はありません。機会がないから訓練の場もなく、指摘してくれる人にも出会えません。

だが、社会人が30代を超えて、一定のポジションになると急に発生するものがあります。

レポートを書く。インタビューを受ける。
人前でまとまった時間のプレゼンテーションをする。
自分の言葉で書き、語ることが必要な仕事です。

ポジションアップしないとこういう機会が極端に少ないのが、会社などの組織の特徴ではないかと思います。一定のポジションと発信の義務と機会がセットになっているのが階層型組織の特徴です。権限を持つ以上、上に立って適切に発言できないといけない。

そして、職位の権限の強さと比例して、そのポジションにいる人への教養的な期待値は上がります。自分の上司は尊敬できる人であってほしい、という感情です。本人の能力や経験は関係ありません。
ですが、ここまでの人生における人文ジャンルの蓄積や経験がないと、期待に応えることができません。そして期待を裏切ってしまうと、この先が期待できない人という印象を持たれるでしょう。不幸ですね。


この段階になって急に作れないもの。それが人文ジャンルの引き出し

ということで、実は普通に企業で働き続けるキャリアでも人文ジャンルの蓄積が必要になるということは、誰も教えてくれません。
お育ちのよい企業のマネジメント層は「当然の教養」と認識しているため「教えてあげないといけない」ということに気付かないからです。また、企業が教育を担保するにはやりにくい知識領域でもあります。

教養を血潮にするのに時間がかかる。知識がつながるのにはもっと時間がかかる

実際、知識は覚えるだけでは意味がなく使えるレベルにならなくてはなりません。文章を書く習慣、人前でうまく語る経験。身に付けるのに時間がかかります。

そしてもう一つ、人文系知識はそのものがビジネスの役に立ちません。自分の体に積み重なり、複数の知識体系が連携することで、はじめて使えるようになります。この感覚、分かる人は分かると思います。

古典を読みましょう

自分の実感として、基本的な人文ジャンルの読書から得たインプットが、仕事をする上で最も役に立っています。歴史や古典、中古文学から得た無常観が失敗してもいちいち折れない精神を作っていると実感しますし、哲学の変遷を知っていれば、課題の本質を認識する能力に寄与します。
会計やITなど仕事で使う専門的なスキルも当然役に立ちますが、読書インプットとその後の思索で得られるインナーマッスルは、専門スキルを身に着けるのに必要な土台となっています。

全く知らないロジックでも、やっているうちに「あ、あれと同じか」と気付けるかどうかの差。脳内で全く関連を想像できなかった知識間のリンクができるあの感覚を探しながら勉強ができる、という環境を作れます。

これが、知的好奇心にエンジンがかかっている状態を常時保てるかどうかの差だと思います。

ということで、まずは古典的なビジネス書あたりから読んで、興味を惹かれるものがあるか?考えてみるのがいいと思います。

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……アマゾンでこのジャンルを探すのはやめたほうがよさそうですね。

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