ゴキブリが耳の中に入った話
耳鼻科の先生の話だと、ゴキブリが耳の中に入るのは、それほど珍しいことではないらしい。
しかしそれにしてはあまりそういう体験談を聞いたことがない。
そういう経験をした人は、思い出したくもないことなので人に言わないのかもしれない。
しかし、今夜にでもあなたの耳にゴキブリが入ってくるかもしれないわけで、そんなあなたのために4年ほど前の私の体験談を参考までに書いておく。
〇住んでいた場所のこと
そのころ住んでいたアパートはかなり築年数のいった6畳1Kの部屋。
和室だった。
この話の2年後には老朽化のため建て直す、とのことで出ていかなければならなくなった。
しかし大家さんはちゃんとした方で、管理もちゃんとしていて、決してボロアパートというふうではなかった。
十数年そこに住んだけれども、ゴキブリが出たのは3回、だったかな。
そんなに多い方ではないのではないだろうか。
〇その時の自分の状況のこと
当時勤めていたのは、小さな個人事務所で、もう20年近く勤めていた。
そこの社長(とその社長の父親)が、人間的に尊敬できない、というか、人間的に無理、と感じていたのだが、がまんして勤めていた
その二人のことは今でも心から軽蔑しているが、にもかかわらずその職場にしがみついていたことに関しては、完全に私の問題であり、その二人とは関係がない。
なぜそこまでがまんしていたのか、なぜ辞めてしまわなかったのか、今となっては良く分からない。(結局この話の1年後くらいに退職した)
がまんして勤めているうちに、他の社員は辞め、新しく入ってくる人もすぐに辞め、という状況の中でどんどん会社の中での自分の責任が大きくなり、結局事務所の実務的なことはほとんど自分がやらざるを得なくなり、どんどん仕事量が増えていった。
精神的にすこしおかしくなっていた。
まず、音楽を聴かなくなった。
自炊をしなくなった。
和室なので布団で寝ていたのだが、毎朝布団を上げなくなった。いわゆる万年床というやつ。
そして掃除もしなくなった。
ゴミはちゃんと捨てていたので「汚部屋」にはなっていなかったが、枕元の畳の上にほこりがふわふわ浮いているのを見てみぬふりをして暮らしていた。
〇そんなある日のこと
夜中の2時ごろ、目を覚ました。
左耳に、違和感を覚えた。
耳が詰まっているような気がする。
しかしまだ目が覚め切っていないので、左耳を気にしながらもトイレに行き、左耳を下にしてとんとんと飛び跳ねてみたりした。
大きな耳垢でもたまっているのかと思いながらもまあ気のせいだろう、と思いまた寝ようとした。
その時、左耳の中でガサガサっという音がした。
耳の中の音というのは異様に大きく聞こえる。
あきらかに何かが耳の中にいる。
しかもかなり大きい。
どうしたらいいかわからず固まった。
耳かきでかき出せるだろうか。
水を入れてみるか?
何かする勇気も出ず、しばらく同じ姿勢で固まっていた。
とりあえず、できるだけ体を動かさないようにそろそろとスマホを手に取り、「耳に虫が入った」と検索した。
いろいろと情報が出てくる。
蜘蛛やゴキブリなど、耳に虫が入ることは珍しくないとのこと。
なんだあ、めずらしいことじゃないのか、と思えるわけもない。
耳かきやピンセットなどで引っ張り出そうというのはNG、とある。
虫がどんどん奥の方に逃げて鼓膜を破ってさらに中に入ってしまう危険がある、とのこと。
やらなくてよかった、という安堵よりは、鼓膜を破ってさらに中に、という言葉に対する恐怖が上回った。
耳に光を当てて虫を誘い出す、と言うのもNGだそう。
光を嫌う虫もいるので、中へ中へ入っていく場合もあるし、虫が大きすぎるといくら光の方へ誘われても方向転換ができない場合もある、とのこと。
たしかに耳の中でガサガサと動いた感覚からいくと方向転換できないくらい大きそうだ。
自分で下手なことをせずに、とにかくすぐに耳鼻科に行くべき、というもっともなアドバイスもあったが、午前2時だ。
耳鼻科が開くのは9時か10時だろう。
さすがに救急車を呼ぶ、という選択肢は頭に浮かばなかった。
耳の中にオリーブオイルを垂らすと良い、という情報が見つかった。
水を入れると虫はすぐには死なず、逆に暴れて耳の中を痛める危険があるのだとか。
オリーブオイルか。
久しく自炊はしていない。
昔、自炊していたころにはオリーブオイルも使っていたが、まだオリーブオイルはあるだろうか?
あった。
かなり古いが、まあ大丈夫だろう。
揚げ物をするわけではないのだし。
左耳に、オリーブオイルを流し込む。
どのくらい流し込めばいいのだろうか。
ネットに分量は書いていなかったので、とりあえず適当に流し込んだ。
さて、流し込んでからどのくらい待てばいいのか?
これもネットには書いていなかった。
新聞紙を敷き、まだ少し早いかな、と思ったがすぐに左耳を下にした。
ドロッとした油が新聞紙の上に落ちた。
その中に何か茶色い物があった。
一瞬見ただけで、すぐティッシュでくるんで捨ててしまったので、たぶんアレだと思うのだが、違うかもしれない。
そうだ、違うかもしれないな。
うん、なんか大きな耳垢かなにかを見間違えたんだ。きっとそうだ。
いや、びっくりしたよ、1.5cmくらいのゴキブリかと思った・・・ははは・・・。
まあそれでとりあえずホッとしたのだが、気が高ぶっていてなかなか眠れない。
左耳の中にまだ違和感がある。
ネットで会社近くの耳鼻科を検索し、そこはネット予約可だったので、翌日(というか当日か)の予約を入れた。
インターネットがまだ普及していなかったころを知っている身としては、本当にネットがあって良かった、とあらためて思った。
もしネットがない時代にこんなことがあったらどうなっていただろうか。
油を耳に入れる、というのは思いつかなかっただろうし、近所にある耳鼻科をどうやって探せばいいのかもわからない。
ネットに救われたといってもいいかもしれない。
もっともネットの情報はあてにならないものもあるので、もちろん過信は禁物である。
オリーブオイルを耳に入れるのも、正しいやり方だったのかどうかわからない。
特に慢性中耳炎を患っている場合は悪化する可能性があるとのこと。
翌日、仕事中に耳鼻科に行った。
まだ耳の中に違和感がある、と訴えたが、耳の中を見た耳鼻科の先生は、
「耳の中に虫体(ちゅうたい)は残って無いようですね」と言った。
虫の体、またはその一部のことは虫体(ちゅうたい)と呼ぶということを初めて知った。
どんなことからでも新しく学ぶことはあるものだ。
特に傷もないとのことだったが、念のため耳の中に薬を塗ってもらって診察は終わった。
その後しばらく、左耳の中に何かがいる、という感覚に悩まされた。
いまでも時々その感覚がよみがえる。
決まって左耳なので、まあトラウマのようなものなのだろう。
ゴキブリが良く出るのは夏だと思うが、耳に入るような事案が発生するのは少し季節が進んで肌寒くなってきた頃の方が多いらしい。暖かい場所を求めて入ってくるのだそうだ。
今年の夏もようやく終わり、朝晩は肌寒さを感じる季節になってまいりました。
皆さんに安らかな眠りが訪れますように。
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