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映画『白い牛のバラッド』
ベタシュ・サナイハ、マリヤム・モガッダム『白い牛のバラッド / Ballad of a White Cow』(2020、イラン・フランス、105分)
死刑制度における最大の問題点は、冤罪だった場合に取り返しがつかないことだろう。
それを真正面から問うてくるのが本作。
愛する人が刑に処され、さらにそれが過ちによるものだった。
被害家族がおよそ受けとめきれるはずもない。
なのに主人公の周りにいる人たちは、理解を示さず冷淡にさえ映る。
圧倒的に男性優位であり、頑なな解釈の宗教が基盤となるイラン社会。
経済力の弱さや、社会的地位の低さが、夫を亡くした女性にのしかかる。
工場内のライン作業という不安定な仕事で、聴覚障害を持つ小さな娘は学校に馴染めない。
そんな中、夫の友人だったと称する男性が訪ねてくる。
映画内では比較的すぐに素性は明らかにされるが、彼の取った行動をどう評価するかも、意見が分かれるだろう。
彼自身も家族関係がうまくいっておらず、やむを得ない事情から共に過ごす時間が増える。
近づくほどに心が引き裂かれる状況は、彼にとってもこの上なく厳しいものだっただろう。
主人公は娘に本当のことが言えず、男は主人公に真実を明かせない。
入れ子状になっている関係は、どのような決着を迎えるのか。
丁寧に観ていれば、最後の場面、解釈は一つしかないだろうと思う。
不条理にさらされ続けながらも、眼差しから優しさは消えない女性。
主演マリヤム・モガッダムは、共同監督も務めている。
アムネスティ・インターナショナルによると2020年12月31日現在、死刑存置国は55カ国。
そのうちの一つが日本である。
その事実にいよいよ自分ごととして向き合わねばならない時が来ている、と私は感じている。