不確かなB.L. #写真から創る
「俺 もう ここに来るのはこれが最後にするわ」
ベッドの上で膝を抱え、煙草の煙を吐き出しながら、ヒデさんはそう僕に告げた。
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ヒデさんと出逢ったのは、大学2年の夏休み。彼女とのデート資金を稼ぐため、イベント会社の短期アルバイトに応募したのがきっかけだった。
「明日から早速働いてくれ」
面接に訪れた僕に、社長のヒデさんは履歴書に軽く目を通しただけで合格をくれた。この時期、たくさんの仕事があって、猫の手でも借りたいくらいの忙しさだと言っていた。
社員さんや僕達バイトに混じって、社長であるヒデさん自ら現場で指揮をとった。
イベント会場の設備設営や、テレビ局のスタジオのバルーンを用意する仕事もあった。
デートのためのお金が欲しくて始めたバイトなのに、毎日忙しく、朝から晩まで、仕事の内容によっては夜中まで拘束された。そのため彼女とは殆ど会えずにいた。そして彼女にはフラれてしまった。
8月の最終日、僕たち短期採用のアルバイトのお疲れさん会を、ヒデさんが企画してくれた。場所はちょっと高級な焼肉屋。食べ盛りの学生達は、次々に肉を焼き皿を空けていった。
「おー いい食べっぷりだねー。遠慮しないでじゃんじゃん注文していいぞ。なにしろこの夏でクソほど稼いだからな。ガハハハ。」
僕達は腹がはち切れるほど、胃に肉とビールを詰め込んだ。ヒデさんは、そんな様子を嬉しそうに眺めながら、日本酒をちびちび啜っていた。
それから二次会でスナックに行った。学生達はカラオケとチーママとの話しで盛り上がっていた。僕は騒がしいのが苦手だったので、ひとりカウンター席に座り、ママと話しをしているヒデさんの隣の席へと移った。
「なんだナオキ、お前はカラオケしないのか?」
「カラオケは嫌いじゃありませんけど、なんかヒデさんとお話ししてみたくなっちゃって。今日で会えるのも最後だし」
そうしてママを交えながら、学校のことや恋愛のことでヒデさんと楽しく会話した。
ヒデさんはサントリーの山崎をロックで、やはりちびちび呑んでいた。僕も同じものをもらった。
「ウイスキーはやっぱり国産のがいいな。マイルドで日本人の口に合う」
そう言いながらヒデさんは愛しそうにウイスキーを啜った。
それからヒデさんは学生時代の話しをしてくれた。ギターを作る専門学校へ通っていた頃の。僕は、まだ若く長髪で細いパンツを履いたヒデさんが、ギターをかき鳴らす姿を見てみたいと思った。
みんながそろそろ帰るという時には、ヒデさんは気持ち良さそうに頭を揺らしながら、酔っぱらっていた。
他の学生アルバイトが帰り際「お世話になりました。ありがとうございました」と、ヒデさんに声を掛けると、菩薩様のような慈悲のあるくしゃくしゃな笑顔で、ただ手を振った。僕はそんなヒデさんの表情を見て、何故だか涙が出そうになった。
「最後にもう一杯呑んで終いにするか。帰りは俺と一緒にタクシーに乗ってけばいいよ」
「えっ いいんですか? 僕の方が家遠いですよ」
「遠いったって、俺んちの少し先だろ。いいから乗ってけって。それにしてもお前はいいヤツだよな。お前のこと、俺はスキだよ」
突然、頭から脊髄にかけて痺れるような感覚がして、僕の頭の中に映像が浮かんだ。
ベッドの上で裸のまま、ヒデさんが僕のぺニスを口に含んでいる場面。
「ナオキ 大丈夫か。呑みすぎたんならチェイサー飲んどけ」
ヒデさんの声で我にかえった。
「呑みすぎかな。でも大丈夫です」
そう答えて、脇に置いてあったミネラルウォーターを一気に飲み干した。
タクシーに乗り込むとヒデさんが運転手に行き先を告げた。
ヒデさんは、自宅の場所だけしか言わなかった。僕も黙ったままでいた。
タクシーが走り出して暫くすると、ヒデさんが僕の手を握った。温かく、ゴツゴツした大きな手だった。なんだか安心する手だった。
「今日は家族が旅行で、家には誰もいないんだ。ウチに泊まってけよ」
僕は無言で頷いていた。
その夜、ヒデさんの甘い弾き語りを聴いたあと、僕は始めて男の人に抱かれた。
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ヒデさんは週末、僕の部屋に来るようになった。僕はヒデさんに喜んでもらう為に料理の練習をした。
今までろくに料理なんてしてなかったけど、スマホで調べて作ってみた。上手くできなかったら、次の日にも同じ料理を作ってみた。週末には上手に作れるように。
僕はヒデさんの優しさと包容力に包まれて、幸せだった。
週末の二日間だけが自分の人生に思えていた。他の日は、週末に備える為の準備にしか思えなかった。
僕はヒデさんを心の底から愛した。ヒデさんも たぶん。
でも、だから、ヒデさんの家庭を壊すことなんて出来なかった。
週末の二日間だけが僕のものだった。
僕が作った料理を食べながらお酒を呑む。ヒデさんの弾き語りを聴く。狭いベッドで互いの体を貪り合い、抱きあって眠る。
それだけで満たされていた。
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そんな生活が2年を越えた冬の早朝、ヒデさんから突然の別れの言葉。
前日の夜、この街では何年かに一度の大雪が降った。
それでも僕達は、変わらずいつものように抱き合った。
行為のあと、ヒデさんが言っていた。
「なあ ナオキ。俺たち男が感じる性的な快感なんて、女性のそれと比べたら全然たいした事ないんだろ。どうして俺達はふたりとも男として生まれてきちゃったんだろうな。せめてお前だけでも女として生まれてこれたなら良かったのにな」
「なに言ってんの。僕はこのままで充分しあわせだよ」
まだ窓の外はやっと少しだけ明るくなってきた頃だった。
独特の香ばしく甘い匂いが、私の鼻孔を刺激して目覚めた。
ヒデさんは隣でベッドの上に起き上がり、いつものキャメルを吸っていた。
「おはよう」
左手で僕の頭を抱き寄せた。
「なあ、俺 眠れなくて一晩中、お前との事考えてたんだ」
これから起こる事を何も知らない僕は嬉しくなって、ヒデさんの太腿に顔を擦り寄せた。
「俺にとってお前も大切だが、家族もそれ以上に大切だ。それはナオキも解ってくれてるだろ」
「うん。そんな事ずっと解ってるよ。何をいまさら」
「俺、思うんだ。お前も俺と同じでちゃんと女性も愛せる。だったら、まだ若いお前にもちゃんとした家庭をもってもらいたいと。心から愛せる女性を見つけて、その相手との可愛くいとしい子供をつくって欲しいんだよ。そしてまっとうな幸せというものをナオキにも感じて欲しい」
「何をいきなり言い出すんだよ。僕はずっとヒデさんと一緒に居たいよ。ちゃんとそっちの家庭は壊さないようにしてるじゃんかよ。お願いだから僕を捨てないでよ」
「捨てるんじゃないよ。ナオキの事を愛してるからこそ言ってるんじゃないか。ナオキの未来の事を考えて、、、」
見上げるヒデさんの瞳には涙が滲んでいた。それ以上、僕にはヒデさんに想いを伝える事は出来なくなった。僕の目からも涙が溢れてきた。ヒデさんの太腿に擦りつけて拭いてやった。ヒデさんは僕の頭を抱えると、自分の体をめいいっぱい折り畳んで、くちづけしてくれた。お互いの顔が反対向きのキス。
ベッドに横になり、このかたちでよくしたね。ここから少しづつ下に向かって愛撫しあう。もう出来ないんだね。
ゆっくりと唇が離れていった。
ヒデさんは体を起こし立ち上がると、服を着た。
「なあ ナオキ。 俺 もう ここに来るのはこれが最後にするわ」
そう言い残し、ヒデさんは部屋を出て行った。
私も急いで服を来て、マンションの外まで追いかけた。
通りに出ると、彼の背中が見えた。
昨日、積もった雪の上に彼の足跡が続いていた。
僕は彼の背中が見えなくなるまで見送り、それから彼の残した足跡をずっと見つめ続けた。
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ヒデさんと別れてからは、男どうしの行為はしていない。
不思議なことに、あの初めて彼に抱かれるイメージが写し出された日から、出会った瞬間に、寝る相手のイメージが脳内に映像として現れてくるという能力を僕は持つようになった。
〈おわり〉
ラストからの展開はコチラへと繋がる
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