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超簡単なお金の発達史♪
自給自足から物々交換へ
お金など存在しない時代に私たちのご先祖様たちは共同体の中で自給自足の生活をしていました。
ただ、自給自足というのは、自ら生活に必要なものを全部つくりださなければいけないので、非効率的であり、なかなかの重労働であったりもします。
自給自足経済では、その地域で取れないモノがあったり、またモノ自体が不足してしまう場合もありますので、物々交換の必要性が生まれてきます。
ただ、この物々交換というのは、交換の方法としてはあまり効率が良いとは言えません。
例えば、Aさんは普段、海で魚を捕っているとします。
毎日、毎日魚ばかり食べているのでは飽きてしまい、「たまには肉が食べたいなぁ」と思うようになるかもしれません。
そこで、今日捕った魚を持ってBさんの山に行き、「この魚と牛肉を交換してください」とお願いします。
Bさんが魚好きなら良いのですが、「オレは魚は大嫌いだ」と言われてしまうと交換が成立しません。
仕方がないのでAさんはお肉をあきらめて、今度は野菜との交換を目指してCさんの畑に行きます。
「すみません。この魚と野菜を交換してください」
「いやー、まいったなぁ、オイラは魚は大好きなんだけど、あんたの前に来た人とたくさん交換しちまって、食べきれないくらいあるんだ」
こう言われてしまうとまた交換不成立です。
仕方なくAさんは物々交換をあきらめて、家に帰って魚を食べることにしました。
しかし、家に帰って見ると魚はすでに腐っていたりして・・笑
このように物々交換ではお互いの欲求や必要性が一致しないと交換がスムーズにおこなえないという不便さがあります。
便利な交換手段としてお金が発明された
そこで発明されたのが、交換の媒介物としての“お金”です。
お金とはなんぞや?お金とはそれを持っていくと「相当分の何かと交換しますよ」という取り決めのことです。
つまり、お金の本質は実は“情報”なのです。
お金が発明されたことにより、いつでもどこでも誰とでも何にでも交換ができるようになりました。
これはたいへん便利なモノですね。
また、人には好き嫌いや得手不得手があります。
例えば、私が絵を描くのが好きで、意外に上手だとします。
しかし、いくら絵がうまくても、お金というものが無ければ、自分の必要とするものは自分で作らなければなりません。
そんなことしてたら好きな絵を描く時間が無くなってしまいます。
ところが、お金が媒介となることで、私は好きな絵を描いてそれを売り、生活に必要なものを手に入れることができるのです。
つまり、お金が人と人を結ぶ道具となり、人間は初めて「自分の好きなことをしながら生きていくことができる」という“自己実現”の可能性を手に入れます。
こうして交換の媒介物としてのお金が使われることにより分業化が促進されていきました。
また、分業することにより専門性が高まり、効率性が向上したり、より高度な技術が開発されたりして、文明が発達していくことになります。
日常必需品としての商品貨幣ーお金の発達史①
お金の発達段階は世界各地によって様々ですが、無理やりまとめて大雑把に流れを説明したいと思います。
まず初めにお金が使われたのは、お米や小麦、塩、油、布、皮、牛、羊など、誰もが生活していくにおいて必要とするモノでした。
誰もが必要とするから「交換の媒介物」として成立したわけです。
しかし、これらの商品貨幣は自然物ですから時間と共に品質が悪くなったりします。
また、例えば羊がお金だった場合、少額の取引をするたびに切り刻むというわけにはいきません。
つまり、商品貨幣には劣化するという問題と分割に不便という二つの問題がありました。
希少性に基づいた貝殻貨幣ーお金の発達史②
次に世界的に使われたお金が、貝殻のお金です。
タカラ貝などのキレイで粒の揃った貝殻は非常に珍しく、アクセサリーとして使われ人気がありました。
なぜ貝殻がお金として使われたかといえば、それはその希少性に基づいています。
非常に珍しく、人気があった。
だから、誰もが欲しがった。
誰もが欲しがったから「交換の媒介物」として成立したのです。
しかし、希少性に基づくということは十分な量が無いということです。
例えば、交換する品物がたくさんあっても、その媒介物が少なければ充分な交換ができません。
さらに、数少ない交換の媒介物を巡って競争が生まれることになるのです。
劣化しにくい金属貨幣ーお金の発達史③
やがて鉱山の発掘技術が発達してくると、金や銀などの貴金属がお金として使われるようになります。
これも希少性に基づいたお金です。
非常に珍しく、人気があったので、交換の媒介物として成立したわけです。
金属には、お金として非常に優れた性質がありました。
それは、品質が一定であまり劣化せず、分割が割と容易にできるという性質です。
品質が劣化せず、長い時間経っても価値が変わらないので、お金に「価値の貯蔵手段」という機能が加わります。
ただ、この頃は金属そのものがお金として使われたので、取引のたびに重さを量ったり、純度を調べたりする必要がありました。
本当にこの金属は純金なのか?何か違う金属が混ざっているのでは無いだろうか?という点において不安があったのです。
信用の裏付けを必要とした鋳造貨幣ーお金の発達史④
そこで次にできたお金が鋳造貨幣、いわゆるコインです。
これは重量や純度が一定であるとお墨付きを得たものです。
しかし、誰もが勝手にお墨付きを与えられるわけではありません。
どこの誰かも知らない人間のお墨付きなんて信用できませんから。
そこで信用があった貴族や国王など時の権力者に貨幣発行権が集中することになります。
ここで、重量や純度が一定であるために、お金に「価値の尺度」という機能が加わります。
それと、お金の総量は「どれだけ貴金属が発見されたか」によりますが、誰にどれだけ分配するかを決める権限を、貨幣発行権を持つ国王などが持つことになります。
誰にどれだけ分配するかを決める権限を自分が持った時のことを想像してみてください。
どれだけの大きな権力を手中に収められるか?
こうして、お金に「支配の道具」という機能も追加されます。
金細工師の預かり証を利用した取引
中世ヨーロッパでは、国王が定期的に鋳造貨幣を回収して、税金として金属を少し削り取ったり、あるいは削り取った分。他の金属を混ぜたりして、新たに刻印し返却していました。
この作業を担当したのが金細工師です。
金細工師の家には、集められた貨幣を保管する大きな金庫があり、当時のお金持ちたちは、金貨を自分で所有していると泥棒に入られたり強盗に襲われたりするので、金細工師の金庫に金貨を預けていました。
金細工師はその保管料をもらうという商売です。
AさんがBさんと何か取引する場合を考えます。
Aさんは金細工師へ預かり証を渡し預けてあった金を引き出します。
そして、その金をAさんはBさんに代金として引き渡します。
金を受け取ったBさんは、やはり自分で持っているのは物騒なので金細工師の金庫にその金を預けます。
そうすると金細工師はBさんに預かり証を渡します。
結果だけを見てみるとAさんからBさんに金の所有者は変わりますが、金の場所は金細工師の金庫にあることには変わりはありません。
つまり、AさんからBさんへ預かり証を渡すのと同じ結果になるのです。
信用創造から近代銀行制度が始まったーお金の発達史⑤
こうして、金の保管所の預かり証で決済する方が安全で便利なので、この預かり証がお金の役割を持つこととなりました。
紙幣の誕生です。
ところが、皆が預かり証で決済するようになると、金細工師の金庫には金が眠ったままになります。
そのことに気がついた金細工師は、この金を裏付けとしてお金に困っている人に紙幣を貸し付け、その利子を取るという商売を思いつきました。
これが近代的な銀行制度の始まりです。
ですから、当時の銀行券(お金)という紙幣は、それを銀行に持っていくと相当の金と交換できる兌換紙幣でした。
こうしてお金は銀行貸し付けに基づくお金に変身し、お金は銀行から融資を受けた時につくられるようになります。
このことを信用創造と言います。
信用創造とは実は銀行の詐欺行為
銀行の信用創造は将来価値の先取りになります。この事について少し解説しましょう。
Aさんが銀行家から100万円借りて、利子込みで110万円返済するケースを考えてみましょう。
Aさんは融資を受けた100万円を事業に投資します。
原材料の仕入れ、人件費、燃料費などの原価償却費のコストに付加価値を加えて売上を110万円あげれば、初めて銀行家に110万円を返済することができます。
仮に、120万円の売上をあげれば、初めてAさんの手元に10万円の資産が残ります。
逆に、もし110万円を返済できない場合には、何かしら担保に入れた実物財を没収されることになります。
つまり、信用創造は、Aさんが将来的に経済活動によって価値を産み出すことを前提に、そこで得られる成果を先取りしている行為なのです。
この時、銀行が行う作業といえば、ただ銀行券を印刷して渡すだけです。
銀行の保有する何かしらの実質的な財を貸し出しているわけではありません。
しかも、この貸し付けの元となっている金は、銀行家のモノではありません。
顧客の金を内緒で勝手に利用しているのですから、これは詐欺的な行為と言っても過言ではありません。
しかし、そのことは秘密にされてきたので、誰からも文句が出ることはありませんでした。
ただ、たまに困ったことが起きました。
金の持ち主である顧客が、何らかの理由で一斉に金を引き出しに来た時です。
銀行の金庫には、紙幣の分の量の金には全然足りませんでした。
そういう時は、他の銀行家から一時的に金を借りて、その場をしのぎました。
逆に、他の銀行で取り付け騒ぎが起きた時には融通をしてあげます。
こうして後ろめたいことをしている同士、銀行家間で秘密のカルテルを形成していくことになります。
一度、引き出された金も。やがてはまた銀行家の金庫に戻ってきます。
そして、もし、この銀行家同士が家族であれば、金は常にこの一族の金庫の中にあることになります。
金融カルテルの形成
この大掛かりな詐欺的行為がバレないためにも銀行業者の秘密性はさらに高まりました。
かくして銀行家カルテルは物質的な金に囚われることなく自らがお金を創り出し、それを誰にどれだけ分配するか決める権限を持ったのです。
このようにお金の主流が、銀行が発券する紙幣に変わっていくと、これまでのように国家がお金をコントロールすることができなくなりました。
ヨーロッパの君主たちは、お人好しにも、銀行家が大量の金を持っているのだと信じたのです。
そして、国家がお金を必要とし、しかし税収をもう上げられないとなると、銀行家から借りるしかないとなりました。
旧約聖書では、「借りる者は貸す人の奴隷となる」と言っています。
こうして次々と国家に対して貸し付けることによって、絶大な影響力を手に入れるようになったのが、ロスチャイルド家です。
中央銀行制度の誕生
資本主義の発展と共に多くの銀行が誕生し、預かり証として銀行券を発行するようになりました。
これまでのようにお金をコントロールすることができなくなった国家は、銀行とある取引を行います。
それは、政府がお金が必要とする時、銀行は必ず供給する。
その代わり、銀行がお金を発行し管理する権利を得るという協定です。
こうして19世紀後半から銀行券は中央銀行のみが発券するという制度が誕生し、世界各国へ広まっていくことになります。
中央銀行の役割を知るために1694年に設立されたイングランド銀行の例を見てみましょう。
フランスとの長い戦争が続き多額の戦費を必要としていたイギリス政府にウィリアム・パターソンという人物がある財政計画を提案します。
それは、民間から120万ポンドの資金を集め、8%の利息で国家に貸し付けるというもので、イギリスの戦費を調達する代わりにイングランド銀行という株式会社を設立し、その資金と同額までの銀行券を発行して良いという国王の許可をもらいました。
同時にイングランド銀行は、政府の財政管理も任され、国債市場を整備することになります。
こうして中央銀行は「発券銀行」と「政府の銀行」という二つの機能を持つようになっていきました。
おしまい
【参考文献】『金融のしくみは全部ロスチャイルドが作った』 安倍芳裕 (徳間書店)
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