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人は孤島ではない

被災地に行った。

能登半島地震から2カ月が過ぎ、ようやく現地へ。ランナー仲間から紹介してもらい、一般社団法人TLAGの活動に加わり、2週にわたり家屋の片付け作業を手伝った。

現場となる輪島市まで、車に乗って2時間ほどで到着。地震が発生した直後は、1日がかりだったことを考えると、復旧は着実に進んでいる。早い、遅い、感じ方はそれぞれあるだろうが進んでいる。

道中では、記憶の中にある海岸線は姿を消し、見知らぬ風景が車窓を流れていった。海の広がっていた一帯は岩礁になり、砂浜から離れた場所では、海中から顔を出していたであろうテトラポッドが完全に陸に上がっていた。

遠くに小さく見えるのがテトラポッド。付着していた海藻が干上がったため、下部が白い。

黒い瓦屋根の町並みにブルーシートが目立ち、長年住まわれてきたであろう家がいくつも潰れていた。インフラの復旧とは対照的に、倒壊家屋はまだそれほど進んでいない印象だった。

到着後は避難所前で、作業内容の確認など打ち合わせ。10人ほどの参加者が二手に分かれて、依頼のあった民家を訪ねてすぐに作業を開始する。

被災した民家や物置、土蔵から、タンスや洗濯機など1人で持てない家財をはじめ、こまごまとした日用品を運び出す。雛人形や戦隊ヒーローの古びたおもちゃに、その家の歴史を感じつつ、胸が締め付けられた。過ぎ去った日々の面影だ。

大切な思い出にも時の流れには降り積り、ほこりまみれになっていた。再び日の目を見るのが、こんな機会になるというのはやりきれない。

2階から大きな洗濯機を下ろすのは一苦労。

参加者はランナーが多く、疲れ知らずだ。休憩を取らずに黙々と作業が進んでいく。参加者の中には、日本のトレイルランニングのパイオニア石川弘樹さんの姿も。土蔵の壁を崩したり、大木をチェンソーで伐採したり、私設のバラ園で大きな杭の打ち方を指導したりと一際存在感を放っていた。僕は別班だったので、その姿を拝むことはできなかった。またの機会だ。

老夫婦が営む飲食店では、「17年前に起きた(能登半島)地震の際には、まだ若かったから、店を再開しようと思えたけど、今はそんな元気がない」と女将が漏らしていた。
「もう店を畳もうと思っているの」
つぶやきのように小さな声には、諦めと憂い、疲労がにじむ。家屋は無事でも、地震は心にひどい亀裂を残していった。女将に「また続けましょう」とは言えなかった。無責任に、能天気に笑い飛ばし、明るい明日を思い描けないのは、自分自身も地震で弱っていて、精神的に淀んでいたからだ。

返答に詰まり、無言になる。情けないが、うまく元気づけることもできない。会話が途切れたことをきっかけに、参加者が手分けして清掃作業を始めることに。

広々とした店内はおおまかに片付けられていたものの、食器が散乱し、土壁が剥がれ落ちた痕跡が残り、ほこりまみれだった。板張りの床を覆っているほこりが、女将の心労のように思えた。

ほうきで丹念に床を掃き、ごみやガラス片を集めとる。舞い上がったほこりが、また降り注いでくる。それもまた掃き取り、雑巾での乾拭き、水拭きと進めていく。
隅々まで磨き上げる。女将がまた店を再開したいと思い直すかもしれない。その日のために。

もちろん、清掃しただけで心変わりするとは思わないが、蝶の羽ばたきのように小さな出来事が、世界を動かしていくこともある。この日の出来事が女将の心に変化をもたらすことも十分考えられる。小さな羽ばたきに比べたら、僕たちの清掃は大きな羽ばたきである。なにせ巻き上げるほこりの量が蝶と比べて桁違いだ。

廃業するにしても、きれいに片付いている方が気持ちいいだろう。決断が下される日のために、僕たちにできることをする。

清掃作業を終え、女将がお茶と菓子を勧めてくれた。みんな固辞するのだけれど、女将は引き下がらない。最初は笑っていた目がどんどん真剣になっていく。手をつけると、再び柔らかい表情を取り戻してくれた。

そして、女将が感情を吐露してくれた。ずっと、気持ちが落ち込んでいたこと。何もやる気が起きなかったこと。ボランティアが来ることになり、ようやく頑張ろうと思えたこと。女将は声を震わせ、堪えきれなくなって涙を拭う。そして、「ありがとう、ありがとう」と何度も繰り返した。

家財の片付けや掃除で、家屋が整理されていくだけでなく、こうして話してもらうことで、気持ちの整理もつく。片付け後の語らいも大きな活動だ。

人は孤島ではない。ひとりで生きられるほど強くはない。誰かとつながり、寄り添うことでようやく生きられる。

もっとも、心の変化は被災者だけではない。僕たちも同じだ。僕自身も救われた。
なかなか現地に足を運べなかったもどかしさ、自分たちの無力さをずっと感じていた。そうした心の淀みを抱えていたが、被災者と話すことで淀みが消えていった。

最後は「店をどうするかはまた考えるわ」と女将。店を畳むと話していたが、再考するという。前向きな言葉がなにより嬉しかった。

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