「小説ショートショート」タイトル:ゲームBOY
人生最大の選択が、目前に迫っている。
傍から見たらそれは全くもって大したことではないのかもしれないけど、僕にとっては今後の人生を左右するものになると思う。そんな確信を元に、僕は両手に持ったゲームソフトを見つめていた。右手はRPG、左手はレースゲーム。さて、僕の手持ちは五千円しかない。中古ゲーム店とは言ってもこの二つは新作だ。一作四千八百円するから、必然的に僕は一作しか買うことが出来ない。もし僕が悪の組織の一員だとしたら金銭を支払わず両方くすねるという第三の手があるのだけど、一般的な高校生である僕にそんな手はない。あるのは右手左手どちらかに持ったソフトにお金を払って買うという選択だけだ。さて、どうしようか。
僕はその場で少し唸った。うーん。店内にはそれなりの音量で音楽が流れているからきっと周りに聞こえることはないだろう。まあ、例え聞こえていたとしてもそんなことはどうでもいい。今はただどちらのゲームを買うか。ただそれだけだ。そこに他者の視線は関係ない。
しばらくじっとゲームソフトを眺めていたけれど、僕の葛藤は治まらない。だって、どちらも欲しいんだもん。
一回ここで両方のゲームの魅力について考えてみよう。
右手に持ったRPGはこれぞ王道と言った感じで、内容も仲間を集めて敵を倒すと言ったものだ。この手のゲームはたくさんあるのだけど、どうして僕がこのゲームにこだわっているのか。それはこのゲームが連作であるから。前作をプレイしている僕がこのゲームを買わない理由が何処にある。そう、何処にもないのだ。
このまま右手をレジまで持っていってしまおうか。そう思って動き出そうとしたが、どうも左手が重たく感じる。それはまるで駄々を捏ねる子どもがおもちゃ売り場の前で親の手を引くような、そんな重みだった。そしてその犯人は左手に持ったレースゲーム。うわあ。これも捨てがたい。
左手のレースゲームの魅力はなにせそのゲーム性だろう。友人と対戦が出来るのはもちろん、一人の時間でも世界中の誰とでもオンライン対戦が出来る。そういったゲームは最近多いけれど、僕みたいなゲームはただ楽しめればいいという人間は個人で出来るレースゲームくらいが性に合っている。以前対戦ゲームでオンラインプレイをしていたこともあるが、僕のプレイが下手過ぎて仲間内で罵倒されたことがある。匿名性の高いオンラインという環境では人が傷付くとかそんなことはお構いなしに酷い言葉を簡単に浴びせてくるのだ。いくらゲームが好きだとは言え、そんな世界にはもう飛び込みたくない。だって、あの時の傷はまだ癒えていないし。
そんなことを考えると、僕の頭はショートしてしまいそうだった。ただでさえゲームのせいで脳細胞の機能が落ちているのに、どうして世界はこんな選択を僕に迫るのだろう。全く世界は理不尽だ。
そうなれば、もう一つ考えておく必要があるだろう。それは、このゲーム達の買わない理由。物事を決める時って案外マイナスな理由の方が重要だったりする。きっとそうだ。
僕はもう一度右手に目を向ける。このRPGを買わない理由が、僕にあるのだろうか。だって、前作もプレイしているんだよ。前作も面白かったし、終わりには次回作への伏線っぽいものもあったじゃん。それを解明しない理由がない。ない、ない、ない。いや、ある。
それは前作をプレイしていて、後半に差し掛かった時、何処かゲームがマンネリ化している気がした。もしもあの状況のまま新作に移行していたらどうだろうか。僕は最初からあのマンネリした感じを味合わないとならない。出来たらそれは避けたい。そう思うと、なんだかこのゲームはそんなにいいものでない気がしてくる。
さて、次は左手のレースゲームだ。このゲームを買わない理由。それは「飽き」だ。様々なコースが設定されているとはいえ、やっていることはレースという一点以外に変わりはない。その単調さは飽き性の僕を簡単に飽きさせてしまうのではないか。まて、そうしたらこの四千八百円はどうなる。まさに海の藻屑じゃないか。
あれちょっと待って。もしかしたら僕にとって両方のゲームを買う理由は無いんじゃないか。え、待って。折角休日に朝早く起きてここまで来たのに。お小遣いを溜めて来たのに(わりとコンビニで買い食いをして散財していたが)
ああ、何だか気分が悪くなって来た。これじゃあ倒れるのも時間の問題だ。絶対にそんなことは無いのだが、僕のおかしな頭の中ではそんな思考が浮かんでくる。一度ゲームを棚に置こう。そう思った時、僕の隣に一人の救世主が現れた。それは、店員さんだ。
「あ、あの」
僕は震える声で訊く。一回では聞こえなかったのか、店員さんはこちらを向かない。もう一度訊く「あ、あの」
「どうしました?」
店員さんは微笑んでいた。その笑顔を待っていたんです。
「こっちとこっちのゲーム、どちらが売れているか分かりますか?」
僕は最低な人間だ。自分で欲しいゲームを決めないといけないのに、その全てを世論に任せようとしている。だって、もしもこれで失敗しても言い訳が出来るから。だって、みんなはいいって言ってたんだもん。こんな感じで。
「うーん。新作ですし、同じくらいに売れていると思いますよ」
その微笑みの下に隠れていたのは、悪魔だった。僕は撃沈する。「そ、そうですか」
さて、どうしようか。もう誰も僕に手を差し伸べてくれない。結局何かを選択するのは自分自身だ。人生は自分で選択し、自分で切り開いていかないといけない。ゲームと共に僕は人生における大切なことを学んだ気がした。
僕は両手を下ろし、そして左右のゲームソフトを棚に置いた。そして肩をすぼめながら、ゲーム店を後にする。
一回帰って作戦を練ろう。どちらがより僕に適しているのか。先に言っておくがこれは負けた訳ではない。むしろ勝利の撤退だ。だって、もっと考えて選ぶ必要があるって分かったから。考えて考えて考えて。後悔のしない方を選ぶ。それが僕の選択だった。
帰り道、僕は少しだけ微笑んでいた。きっと考えて選んだ方のゲームは物凄く楽しめるんだろうな。そんな期待が僕を纏っていた。
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