「カキ小屋」の浜焼きで、夏を味わう
「妹が、テン様を見ててくれるって」
テン様とは私の息子のあだ名だ。生後6ヶ月である。
お盆休み、親戚の家に行くため、茨城へ向かっている途中だった。常磐道にあるサービスエリアで、スマホを見ながら主人は言う。
主人の妹さんは私より年上で、息子が2人いる。上の子はもう小学生だ。
出産してから、主人や母にテン様を見てもらって、1人の時間をつくったことはあった。しかし、主人と2人だけの時間は一度もなかった。
妹さんの申し出に感謝し、お言葉に甘えることにした。
朝のカキ小屋
妹さんの家に泊まり、次の日。
テン様を預けて、車を走らせる。
せっかくだから赤ん坊がいたら行けないところへ行こう。
そう話し合い向かったのは、大洗にある「カキ小屋」だ。
ここはエビや牡蠣、ホタテなどあらゆる食材を、自分たちで焼くことができる。赤ん坊NGというわけではないが、地面が滑って危なかったり、机の上で火を扱うので、赤ん坊がいると落ち着いて食べれない場所だ。
朝10時に到着した。混雑する昼頃を避けたのだが、すでに店内は5割ほど埋まっていた。外の席だったら1割くらいしか埋まっていない。しかしクーラーは効いておらず、暑い。
どうしようかと少し話して、扇風機近くの外の席に座ることにした。
牡蠣と生ぬるいビール
トレーに次々と食材を乗せていく。
ここは食材を先に選び、会計するシステムだ。「つぶ貝食べたい」「ホッケ食べたい」と言いながら選んでいく。色とりどりに並んだ食材たちは海鮮が中心だが、ソーセージなどの肉類や、とうもろこしなどの野菜類もある。目玉はカキとホタテがセットになった『カキ小屋セット』だ。
ノンアルコールビールも頼んで、2人で5000円ほど。
席に座ると、店員さんが寄ってきた。「カキは蒸しマスカ? 焼きマスカ?」と聞かれる。アジア系外国人の店員さんだった。レジの人も、店内放送も、外国人だ。
「蒸します」と答えると、深い鍋を持ってきてくれた。そしてカキを全て入れて、火をつける。
「アユはね、塩いっぱい、ダイジよ」
トレーの上に置いたアユを見ながら、店員さんは言う。テーブル上にあった塩をアユに振りかけると、「モットモット」と勧められる。勢いよくかければ、「ソウソウ」と満足そうに言った。
規則的なリズムを刻みながら、扇風機は首を振っている。私の首くらいまである大きな扇風機。オレンジ色の羽根を回しながら、風を送っている。もうすでに気温は30度を超えていて、扇風機の風に涼しいとは感じなかった。けれど、顔に風があたるたびに、少しだけ安らぐような心地がする。
カキがいっぱい入った鍋。タコとつぶ貝とアユが並んだ網焼きコンロ。
夏の気温と、火の熱気でじんわりと額が汗ばんでいくのを感じる。ノンアルコールビールを飲むと、冷えていたビールはぬるくなっていた。
タコを噛むと、ほのかな塩の味と、弾力が伝わってきた。再びビールをあおる。
いいなぁ夏だなぁ。
大人になって感じる肝のうまさ
頑張って殻を開いて食べたカキも、カリコリと食感が楽しいアワビも、どれもおいしかった。その中でも、苦味が、一番印象に残っている。
アユにがぶりと噛りつき、塩のしょっぱさのあと、内蔵の苦味が口内に広がった。
大きなホタテを贅沢に一口で食べ、旨味が詰まった身と、肝の苦味を同時に味わった。
小学生の頃だったら「まっず!」と叫んで、ペッペッと吐き出してしまいそうな苦味。それが今では、目を細めて、味わってしまうのだから不思議だ。
最後に残ったホッケをつまむ。脂がのっていて、七味マヨネーズにつけると、禁断のおいしさである。ホッケを堪能していると、席を外していた主人が帰ってきた。「生ガキ食べるよ」と力強く言う。転職を決意したときのような口調だ。そんな一大決心なのか。
値段を見て、納得がいった。1つ1000円。これは固い意思がないと頼めない。
店頭に並んでいた巨大なカキを店員さんに渡して、割ってもらう。この作業をしていた人も外国人だった。店長らしい親父さんが、青年に軽口を言って笑っている。
皿に盛りつけられたカキは、想像以上に大きかった。これで1000円なら納得だ。
主人は満足そうにカキを食べる。「よかったね」と私は笑う。
楽しかったけれど、なんだか寂しい
久々の主人と2人だけの時間。
食べたいものだけを食べて、ビールを飲んで、誰にも気を使わなくていい休日。楽しかったし、ほっと息をつけた気もする。けれど、どこか物足りない。
テン様との外食を思い出す。
店内で不意に叫び声をあげて、慌てて抱っこをした。
抱っこしないと泣き続けるため、膝の上に座らせて、自分の分を食べた。
テーブル上の食べ物を取ろうと手を伸ばして、必死に止めた。
叫んで、笑って、泣いて、毎日を必死に生きている小さな怪獣。テン様との食事はなかなか大変だ。でも、いないと寂しいと思うのは勝手なのかな。
妹さんは「1日ゆっくりしきな〜」と言ってくれていた。でも半日経った頃には、「もう帰ろうか」と少し苦笑いしながら提案した。そして私たちは、小さい怪獣がいる家へと車を走らせた。
0歳児と行った北海道レポ↓