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制作日記:独りを感じる制作

一つ前の制作日記でも書きましたが「孤独感」に対しての考え方が変化を見せ、再び「倒木」という作品を描き出した今日この頃です。

SMサイズのワトソンブロックで今まで使っていました。
理由は「思いついたらすぐ描け、失敗したらすぐ剥がせる」
望むのは瞬発的な制作。
最近は腰を据えて描くパネル張りにちょっとずつ変更。

実は、水彩画に苦手意識が強く「色彩」は今年に再会したばかり。
「不安が尽きないけれど、数年ぶりにカラーでイメージが浮かんだこの好機!怖いからと描かない選択肢はない」
思いつく「色彩」に追いつくために、瞬発的な制作は必修。
【思いついたら即描く】をモットーに日々制作。

しかし、あまり衝動的に制作するのも性格的に苦手なので
【瞬発的に描ける支持体】+【丁寧に描ける最小のサイズ】
水彩画を描いた頻度が高く手に入りやすいワトソン紙。
ブロックはノリで紙がくっついているので水張りも必要が無いタイプ。
遠い過去に描きやすい印象のあるワトソン紙を選んだわけである。

パネル張り水彩画制作も2枚終えて、新しいパネルで3枚支持体を用意した現在の心境の変化を記録する。


水張りパネルは緊張する


ワトソン紙に木製パネルを合わせて両端数センチ大きく裁断する。
紙とパネルにたっぷり水を含ませ、水が紙に浸透してきたころを見計らってパネルに張りつけ空気を抜きながら水張りテープで固定する。
四隅を注意しないと空気が入り失敗する事がある。
経験が必要な基本行程。

工作が苦手なので、水張りが苦手。
思い込みだと思うが「そう思う事」にしている。
左利きの思い出のせいか、道具を使う事に【苦手意識】を持ってしまう。

親戚にも、友人にも、家族にも「左利き」が居なかった幼い頃。
学校で購入する道具でも必ず【左利き用】という欄に丸をつけなくてはいかない。習字でも基本は右で教わり、家庭科の縫物の授業でもすべて右。
「左は教えづらいから見て覚えて」
右の動きを見て、左で何とかしろという事だ。
悪気はないと思うのだが、やはり少し傷ついたのだろうか?
その一言で道具を使う時、人に聞く事を辞めてしまった。
現在はそんなことはないと思うが、当時は何回か寂しい思いをした。

なので、全て独学で【自分の行動】にした。
【創意工夫】をする。

とある人が「左利きは器用な人が多い」とその理由は、観察し努力するからだと褒めてくれたのが今でも良い思い出だ。

現代はYouTubeという視覚的な教科書がある。
「ありがたい」
独学になれた自分としては一冊の教科書だ。
ペン画でもケント紙をパネルに張っていたが何度か失敗した。
失敗して改善してきた。
「色彩」で水彩画を再び始めてから数ヶ月。
まったく水張りをしなかったので一枚一枚が緊張する。
しかし、身体は覚えているもので勉強した事と観察した事と失敗して見直したことを頼りになんとかパリッと張れるようになった。
正確な水張りは知らないが一枚一枚丁寧に作業することを心掛けている。
描き出す基本の支持体。
これから思い描いたイメージを表現する大事な場所。
自分なりの基礎固め。
上手くできたら結構、嬉しい。


ピーンとね、張れました。

腰を据えて向き合う「独り」という心象画

パネル張りの支持体はやり直しがきかない。
失敗するとまた緊張の水張りを繰り返さなくてはいけない。
表面乾燥に半日、全乾燥にまた半日。
1日描けなくなってしまう。
色を塗る前にある程度のイメージを膨らまし水に絵の具を含ませる。

「木霊」という作品を描く。
木霊、倒木、流木と【木】がつくテーマは浮かんだイメージとさらに
【深く】向き合う事が多い。
ペン画の時から描いていると「辛かった事」などが蘇ったように絵に表れる。手の指を枝に例えた時は「自分の手を見て思いにふけった時」を思い出し絵に描き起こす。
亀裂の個所が描く前に画面に現れる。
・・みたいな感じで制作を進めていた。

「渇望」100×150㎜/ペン画(個人蔵)
詩画集「孤独の樹海」掲載作品

ちなみに詩画集「孤独の樹海」に掲載した作品はほぼ痛みをそんな感じで描いている。
「当時の心の痛みを思い出して感覚的に想像する」
詩画集の掲載後に【自身の孤独と向き合った】と書いたと思うのだが、当時はその出来事と傷ついて治らない【トラウマ】を鎮める為の制作だったかもしれない。
しかし今年は「向き合い感じる制作」になった。

下書きは簡単なもので・・あとは
「閉じこもっていた気持ちが開かれ溢れ出す」
「解放感」
イメージを思い浮かべて筆をとる。

身体を幹に見立てて「自然体の緑」に「安定感の茶」と分けて色付け。
水を含ませた絵の具を置いて水滴を移動させたり、ドライヤーで勢いをつけたり調節しながら偶然の混色などを見つけて塗り重ねる。

窓際に机を置いての制作。
晴れた日は木漏れ日がかかる事がある。

「言えなかった気持ちが溢れる」
開放的な心はそんな感じかな・・と浮遊する円を描いた。
これは下書きでは全く浮かばずに、考えながら描いて途中で浮かんだもの。
熟考より白い空間に描いた映像が浮かんだりするので、それを直ぐなぞる様な感覚的な着色【直感】

苦節9ヶ月・・自分なりの描き方が出来てきたかなと安堵する。

「孤独感」に蝕まれた数年間
「価値観の変化」は「孤独」を忘れるのではなく
「独り」の自分と向き合って「感じる」日々の大切さに気付かされる。

他者との比較や同調に日々見失いがちな自分と向き合う。
一日の終わりに目を閉じれば「世界は独り」
一生の終わりも旅立つ時は一人旅になる。
その瞬間に、自分は悔いが無かったか?やりたい事が出来たか?
「人生をやり切ったか?」
答えるのは誰でもない自分自身
身近に笑顔で旅立った人を知っているので、そんな思いで生きたいと今は思う。

「孤独」とは、精神的なよりどころとなる人や、心の通じ合う人が居なく寂しい事を言うらしい。
実際、そうだったので良く分かる。
人と通じ合う前に「個」である自分を意識しないと手を取り合えない。
一方的な愛情や悲観は届かない事も・・ままある。

「孤」はみなしご。ひとりぼっち。ただひとつ。ひとり。
「独」は連れが居ない。相手がいない。他を顧みない、ひとり。

「人」と言う感じは支え合うから人になる。
そんな話をテレビで見たが、「孤」である自分をしっかり認識しないと通じ合う事は叶わないし、支え合う事が出来ない。
なので、腰を据えて自分の心と向き合う事。
自分にとってはそれが制作で、だから「心象画」なのだろうな・・と思えてきた10月半ばです。

2024年10月19日(土)

筆を置きしばらく眺める現在です。

おまけ:「手紙」を渡しに吉祥寺

9月後半に友人の個展にて「手紙」という作品を渡してきたことを記事にしたと思う。
絵が描けなくなっている時に支えになってくれた友人と「価値観の変化」に気付くきっかけをくれた友人にと2枚描いたものだった。

現在Instagramに掲載しご本人にも了承してもらい、ありがたい事に受け取ってもらった。
肖像画を描いたのは、母を含めて3枚になる。

「言葉」に神経質なので、容易に「言葉」を伝えられない。
感謝の気持ちがあるなら「絵」を描こう。
そんな、気持ちで描いたものです。

「手紙」2024年/koike agumo
*ご本人に掲載の許可をとっています

笑顔が印象的な人。
しかし、思えば「笑顔」を描いた事がなかった。
なかなかの試行錯誤。
話した印象や貰った言葉など思い浮かべて筆を進め自分なりの
【初めての笑顔】の絵が出来ました。

小池安雲さんは、過去の記事にも何回か登場しているリリ色彩心理講座の講師で私の先生であり、セッションの聞き手であり、愛用するキャンドルの作者でもあります。

アグモキャンドル(撮影:卯月螢)

「価値観の変化」のきっかけは独りでは気づく事は出来ない。
制作と生活を新しく良い方向へ舵を切った岐路に「言葉」で気付かせてもらった感謝を込めて。

「有難うございます」

【キャンドルが繋いだ縁】を作品と共にエッセイにしました。
丁度、現在アグモキャンドルの展示販売期間中。
「ならば期間中は読んでもらいやすいように」とリポストでお得に読めるようにしました。(昨日から10月23日(水)まで購入前のリポストで¥0
アグモキャンドルは、今で言う「私の推し」という事で・・
読んでいただければとても嬉しいです。

*noteとxの連携が必要です。
*定価購入であれば(¥250)未登録の方でもご購読いただけます。


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アグモキャンドルの展示販売
2024年10月17日(木)~10月23日(水)
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色彩心理の知識を取り入れたキャンドルや相性を手で感じる不思議な
「ゐる」という曲線のキャンドルも販売されています。

色は今の自分を客観的に理解できるツールのようなもの
「もう少し活力が欲しい」「リラックスしたい」
自身が今、何を目指しているのか?
購入時には相談に乗ってくれます。
私は、偶然にも来年の色である新色を購入しました。
灯すのが楽しみです。

初日に行って来て新しい出会い(キャンドル)があり
ホクホクしながら岐路につきました

制作日記(過去のエッセイ掲載)

詩画集


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卯月螢 /心の風景を描く「心象画」
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