【読書メモ】『キネマの神様』(著:原田マハ)
唐突ですが、今までで一番印象に残った映画はお持ちでしょうか。もしお持ちでしたら、その始まりを思い出しながら『キネマの神様』という物語のページを開いてみてください。
私は、どこか懐かしいヴァイオリンとピアノの調べを背景に、シチリアの海の風景とレモンの鮮やかな黄色の対比が印象的な、カラカラとフィルムを巻き取る音までもが聴こえてくるような、そんな始まりの映画を思い浮かべながら、です。
物語を引っ張っていくのは、八十歳の父と四十歳の娘の親子。父はギャンブルで多額の借金を作った矢先に心筋梗塞の手術、娘はいわれもない風評で辞職に追い込まれと、、それぞれの転機からスタートします。二人が共有するのは「映画への愛」、ただそれだけ。そんな二人と彼らを取り巻く人々、そして映画を主人公とした穏やかな再生の物語です。
長年勤めたシネコン会社を追いだされた後、なんとか映画雑誌「映友」への再就職を決めた娘・円山歩ですが、映画産業自体が斜陽の真っただ中のこともあり、青色吐息状態。そんな中、とあることから父・円山郷直が、オンラインで映画についてのレビューを書きはじめ、それに対する反論のレビューが来たところから物語が加速していきます。
父はハンドルネーム「ゴウちゃん」、対するはハンドルネーム「ローズ・バッド」(推定アメリカ人)。ゴウちゃんは「映画の楽しい部分(サニーサイド)」を前面に出すような論調、一方のローズ・バッドは「映画の影の部分(ダークサイド)」を追求するような鋭さを持っています。初めての対決となったのは「フィールド・オブ・ドリームズ」、、うーん、「父性」のくだりがなんとも渋い。
劇中では、この後も続いていくレビュー合戦が評判となり、雑誌の部数アップや広告主の確保などにつながって復活していくとの流れになりますが、、題材となるのが実存する映画のため、これらを見た方であればどちらの意見も興味深く読めると思います。
それにしても、劇中に出てくる映画のラインナップの懐かしいコト、たまりませんでした。
「フィールド・オブ・ドリームズ」、「フォレスト・ガンプ」、「ローマの休日」、「インディ・ジョーンズ」、「第三の男」、「ゴースト ニューヨークの幻」、「硫黄島からの手紙」、「父親たちの星条旗」、そして、「ニュー・シネマ・パラダイス」
物語の終盤、好敵手とも言える「ゴウちゃん」と「ローズ・バッド」の関係に劇的な変化が起きます。最後、この二人は出会うべきだったのか、それとも出会わない方がよかったのか、、今でもわかりません。それでも出会ったことは彼らにとっても最良の日々の一つであろうと、そう信じたい。
自宅のテレビではなく映画館で観たいと、そして観終わったら幸福感に包まれるような、、この先そんな映画にはいくつ出会うことができるんだろうなぁ、、なんて。そうそう、私が一番好きな映画は奇しくも二人と同じ、、これもまた物語に浸れた一つの要素だったと思います。
映画や物語が好きで、人生に最良のエッセンスを入れてみたい、そんな方には是非手にとってみてほしい、そんな一冊です。