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真面目なワルイ子になったキミの話 ~内村的真面目論による夏川椎菜考察~
お久しぶりです.
つんぽです
最近は忙しくて全く何も文章を更新できていなかったのですが,なにか書かなきゃという衝動に駆られて文章を書いています.
殴り書きしていますので,全然文章がまとまっていませんがご容赦ください(*>△<)
さて,7月18日は夏川椎菜さんの誕生日でした!おめでとうございます!!
新しい一年が素敵な歳になることを祈っております!
というわけで,今回は夏川椎菜さんに関する怪文書を書いていこうと思います.
私は,ときおり内村鑑三の「後世への最大遺物」を読み返すのですが,最近読み返したときに,"これは夏川さんに当てはまるのではないのか"というひよこ群にありがちな,なんでも夏川さんに結び付けるよくわからないムーブが発生しました.
なので,今回は後世への最大遺物をベースにして夏川さんについて語っていきたいと思います.
後世への最大遺物とは
後世への最大遺物とは,1894年に内村鑑三がキリスト教徒夏期学校で公演した内容を文字起こしした講演録です.内容としては,個々人が後世へ一体何を遺せるのか,何を遺すべきなのかについて語られています.
内村鑑三とはそもそも誰なんすかって人のためにwikiを引っ張ってきました.
日本のキリスト教思想家・文学者・伝道者・聖書学者。福音主義信仰と時事社会批判に基づく日本独自のいわゆる無教会主義を唱えた。「代表的日本人」の著者でもある. 引用 wiki 内村鑑三
では,日本独自のキリスト教観を打ち出した内村鑑三が,若者たちに向けて何を遺せと言ったのかを,ランキング形式で発表して行きたいと思います.
後世に遺すべきものランキング第4位:金
内村がまず遺した方が良いとしたものは金でした.
現代に生きる私達にとっては,金を遺すなんて当たり前だろ!と思うかもしれませんが,当時はキリスト教信者は貧な生活を選ぶべきであり,財産を作るべきではないという考えが今よりも強い状態でした.
そんな中,内村はそれは違う,金を遺す者を批判するべきではないと反論しました.
金を遺すものを賤しめるような人はやはり金のことに賤しい人であります、吝嗇(ケチ)な人であります。
引用 内村鑑三 著「後世への最大遺物」
そして,大概の世の中で起こる問題の原因は金である.また,金を遺すことにより,自分には出来ない清き事をなそうとしている人を支援することができる.よって,もし金を儲ける才能があるなら積極的に金持ちになり,金を遺すべきだと主張しています.
ドウゾ、キリスト信者のなかに金持が起ってもらいたいです、実業家が起ってもらいたいです。
引用 内村鑑三 著「後世への最大遺物」
この主張を,日清戦争が始まった当時のキリスト教の講演会で初っ端に主張するのはなかなかロックだなと思います.
しかし内村は,多くの金を遺すことができるのは,ごく少数の金儲けの才能を有している人だけであり,誰しもが十分な金を後世に遺すことは出来ないと語っています.
お金なんて全然遺せそうもない...と思っている人もいるかも知れませんが,お金は4位なので心配しないでください!
後世に遺すべきものランキング第3位:事業
お金の次に遺すべきものとして挙げたのは,事業です.ここでの事業とは,「金を使うこと」という意味です.
もし,あなたがお金を稼ぐ才能に恵まれていなかったとしても,社会の役に立つ事業を遺すことは可能です.
金を得る力のない人で事業家はたくさんあります。金持ちと事業家は二つ別物のように見える。
引用 内村鑑三 著「後世への最大遺物」
内村は,誰も見てもくれず褒めてもくれなかったのに,2人だけでトンネルを開通させた貧しい百姓兄弟の話などを例に挙げて,志を持って事業を起こして継承することの素晴らしさを説きました.
しかし,事業を遺すことは多くのお金を遺すよりは達成しやすいですが,事業を行うには事業を運営する才能と社会的地位がなければならず,万人が実行することは難しいと語っています.
お金も事業も全然遺せそうもない...と思っている人もいるかも知れませんが,事業は3位なので心配しないでください!
後世に残すべきものランキング第2位:思想
お金の次に遺すべきものとして挙げたのは,思想です.
私に事業の天才もなし、またこれをなすの位地もなし、友達もなし、社会の賛成もなかったならば、私は身を滅ぼして死んでしまい、世の中に何も遺すことはできないかという問題が起ってくる。それでもし私に金を溜めることができず、また社会は私の事業をすることを許さなければ、私はまだ一つ遺すものを持っています。何であるかというと、私の思想です。
引用 内村鑑三 著「後世への最大遺物」
ここでの思想とは,作家のように文章を執筆することと、教師のように教えることを意味します.
思想を遺すことで,自分の想いを繋いで行くことや,後世の人を励まし勇気づけることが可能になります.
事業を今日なさんとするのではない。将来未来までにわれわれの戦争を続ける考えから事業を筆と紙とにのこして、そうしてこの世を終ろうというのが文学者の持っているAmbitionであります。
引用 内村鑑三 著「後世への最大遺物」
しかし,思想を遺すということも,全員が出来るかというとそれは難しいと内村は語っています.
お金も事業も思想も全然遺せそうもない...と思っている人もいるかも知れませんが,思想は2位なので心配しないでください!
そして,遺すべきものランキング1位は誰しもが遺すことが可能なものになっています!
後世に残すべきものランキング第1位:???
お金も事業も思想も遺すことが出来ない人でも遺すことが可能であり,最も遺す価値のある,後世への最大遺物とは何なのか?
内村は,後世への最大遺物とは勇ましい高尚なる生涯であると語っています.
私が考えてみますに人間が後世に遺すことのできる、ソウしてこれは誰にも遺すことのできるところの遺物で、利益ばかりあって害のない遺物がある。それは何であるかならば勇ましい高尚なる生涯であると思います。
引用 内村鑑三 著「後世への最大遺物」
勇ましい高尚なる生涯は以下の点で優れていると言えます.
①特別な才能や特殊な境遇がなくても誰でも遺すことができる
②金や事業や思想とは違って後世の人達に有害な影響を与えない
③後世の人々に最も影響を与えることができる
では,勇ましい高尚なる生涯を生きるにはどうしたらいいのでしょうか?
内村はキーワードとして,真面目を挙げています.
われわれに後世に遺すものは何もなくとも、われわれに後世の人にこれぞというて覚えられるべきものはなにもなくとも、アノ人はこの世の中に活きているあいだは真面目なる生涯を送った人であるといわれるだけのことを後世の人に遺したいと思います。
引用 内村鑑三 著「後世への最大遺物」
では,真面目に生きるとはどういうことでしょうか?
真面目に生きる
真面目に生きると聞くと,クラスの学級院長の様に決められているルールを遵守しながら生きるようなことだと思ってしまうかもしれませんが,内村の言う真面目とは少し意味合いが異なります.
内村が言う真面目とは,面目に対して真に生きるという意味だと思います.面目とはもともと仏教用語で「人間の真の姿」「命のありさま」という意味です.それに対して真に生きるという事は,自分本来のありさまや姿で生きる,どんなことにも真摯に向き合うという意味ではないかと思います.
もし自分の心に好奇心や正義などの判断基準があれば,それに正面から向き合って,自分に嘘をつかずに真摯な態度で真面目に行動を起こすべきだと内村は語っています.
もしわれわれが正義はついに勝つものにして不義はついに負けるものであるということを世間に発表するものであるならば、そのとおりにわれわれは実行しなければならない。これを称して真面目なる信徒と中すのです。
引用 内村鑑三 著「後世への最大遺物」
ではなぜ,自分の心に対して正直に,何事に対しても真摯に向き合いながら,真面目に生きることが後世への最大遺物になるのでしょうか?
全ては準備である~巨人の肩の上に立つ~
なぜ真面目に生きなければならないのか.それは,人間が生きるということはすべて何かの準備だからです.
人は一人で生きることはできません.親友や家族だけではなく必ず多くの名前も知らない利害関係者が周りに存在しています.しかもそれは,現在生きている人だけではなく,過去に亡くなった人たちとの関係も含まれます.
人は自分でも気づかないうちに周りに影響を与えており,死んでからもその生涯は誰かと関わり未来永劫影響を与えるということです.
もし私どもの一生涯の事業に何か意義があったといたしますならば、それは準備的の事業であったと言うのであります。すなわち時勢に応ずるためのものではなく、直ちに現代を賛くるためのものではなくして、将来の発展を助くるための基礎的工事に貢献するためのものであったと言うのであります。引用 内村鑑三 著「内村鑑三信仰著作全集一九」
つまり,我々は死者の準備の上で生きているし,名前も知らない誰かが行った準備により快適な暮らしを謳歌することが出来ています.
そのため,見栄を張る,周りに合わせて自分を隠す,個人を大きく見せるといった振る舞いをしていると,個としての利益を追求しようとして大きな流れの一部であることを見失ってしまいがちになります.そうなると,自分を生かしてくれている準備たちに気づかない可能性があります.
また,自分の生涯は誰かの準備となるので,自分だけで完結しません.自分の生涯を誰がどんな形で継いでくれるのかわからないのです.よって,自分の人生に対して真摯に取り組まなければならないのです.
つまり,誰にどんな形で貴方の人生が後世に引用されるかわからないから,真面目に生きて,引用しやすいようにしましょうねということです.
これは論文みたいだなと思いました.
論文を検索するのに便利なweb検索サイトのGoogle Scholarのトップページには”巨人の肩の上に立つ”という言葉が掲載されています.
引用 Google scholarトップページ画面
私たちは過去の巨人たちが準備したシステムや技術により便利で豊かな生活を送ることが出来ているという意味です.
私がかなたを見渡せたのだとしたら、それは巨人の肩の上に乗っていたからです. 引用 Bernardus Carnotensis
私たちは,過去の巨人の肩に乗りながら,今を生きている様々な人達の準備により生かされているのです.その準備を受け止めて,自分の生涯を誰かの準備にするために真面目に生きる必要があるのです.
樹木の様に成長せよ
内村は人間の生涯は樹のようなものであると言っています.
大樹となるような樹でも,はじめは小さな種から成長します.まだ種の状態では自分は本当に芽が出るのか,どのような樹に成長するのかわかりません.そして,立派に成長して,大きな実をつけたとしてもその実を食べるのは他者です.
また,自分がまだ種の状態で死んでしまったとしても,長い年月を経て自分の生涯が誰かの準備となって花を咲かせて,その実が次の世代の希望になる可能性もあるということです.
そして,内村鑑三は,真面目に生きることにより接ぎ木のような人間ではなく大樹のように大きく立派な人間に成長することができると語っています.
この心掛けをもってわれわれが毎年毎日進みましたならば、われわれの生涯はけっして五十年や六十年の生涯にはあらずして、実に水の辺りに植えたる樹のようなもので、だんだんと芽を萌き枝を生じてゆくものであると思います。けっして竹に木を接ぎ、木に竹を接ぐような少しも成長しない価値のない生涯ではないと思います。
引用 内村鑑三 著「後世への最大遺物」
真面目に真摯な態度で生涯を送っている人は,見栄や虚栄心により周りの準備を見過ごし,個として閉じこもり,竹に木を接ぎ、木に竹を接ぐような歪な成長をすることはありません.一つの大きな幹から多くの枝を生やした立派な大樹へと成長することができるのです.
まとめ
▶後世に遺すべきものランキング
金<事業<思想<勇ましい高尚なる生涯
▶勇ましい高尚なる生涯を遺す利点
①特別な才能や特殊な境遇がなくても誰でも遺すことができる
②金や事業や思想とは違って後世の人達に有害な影響を与えない
③後世の人々に最も影響を与えることができる
▶勇ましい高尚なる生涯を遺すには
自分の心に対して正直に,何事に対しても真摯に向き合いながら,真面目に生きる
▶真面目に生きるメリット
①自分の周りにある準備に気づきやすくなる
②自分の生涯が他者に与える影響力が増す
③樹木的成長する事ができる
みなさんも真面目に生きて,勇ましい高尚なる生涯を遺しましょう!!!
不真面目なイイ子から真面目なワルイ子へ
久しぶりに後世への最大遺物を読み返してみたときに,夏川さんの事を思いました.夏川さんは非常に樹木的成長をしていて,それは真面目な生涯をおくっているからだと思います.
私は2015年から夏川さんの活動を見てきましたが,ソロデビュー前の姿からは,現在の様な自分のやりたいことを全力で届けるような姿はあまり想像出来ませんでした.
今から振り返ってみると,ソロデビューする前は,自分を出さずにアイドル声優夏川椎菜という偶像を追い求めて,木に竹を接ぐような状態になっていたのかもしれません.
その後,ソロデビューしてからは,髪の毛を茶髪にしたり、シャンティーとして自分のファッションを追及したり,小説や写真集などで新しい表現を探求しながら,毎回ファンの期待を超えていくような圧倒的な樹木的成長をしています.
それは,自分を隠しながら,求められている偶像になろうとしていた,不真面目なイイ子から,自分の好奇心や劣等感に目を背けずに向き合いながら,真摯に自分を表現する真面目なワルイ子になったからだと思います.
この,自分の気持ちに真摯に向き合いながら真面目に表現するということはまさに芸術をするということだと思います.
芸術とは、一人の人が意識的に何か外に見えるしるしを使って、自分の味わった気持ちを他の人に伝えて、他の人がその気持ちに感染して、それを感じるようになるという人間の働きだ.芸術によって、同じ時代の人たちの味わった気持ちも、数千年前に他の人たちが通ってきた気持ちも、伝わるようになる.芸術は、今生きている私たちに、あらゆる人の気持ちを味わえるようにする。そこに芸術の務めがある.
引用 トルストイ 著 「芸術とは何か」
歌やライブパフォーマンスやブログやyoutube動画や小説など,夏川さんが真摯に向き合いながら真面目に自分を表現して遺したしるしを受け取りながら,それを自分や次の世代の人達への準備とすることが出来たらとても素敵なことだと思います.
そして,夏川さんが引退したり,現在のひよこ群たちが絶滅してしまったとしても,夏川さんとひよこ群たちが真面目に遺したしるしは未来永劫形を変えながら何かの準備として引き継がれていくのです.
内村鑑三は西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮を後世への最大遺物を遺した代表的日本人だと語っています.もし私にとっての代表的日本人を選ぶとするならば,その中の一人に夏川椎菜さんを挙げたいとおもいます.
ボンボヤージュ(よき航路をいけ)
真面目にしるしを遺している夏川さんとひよこ群の関係は,夏川船長とその後をついて行っているだけの,夏川船に乗っているひよこ乗組員ととらえることもできます.
しかし、個人的には夏川さんとひよこ群とはチアミーチアユーできる、双方向性のある関係を築いていけたらいいなと考えています.
これについては詳しく書いた記事があるのでよければそれをご覧ください。
双方向性のある関係を築くには、ひよこ群の一人ひとりが自分船の船長として,自分の人生という大海原で航海を行い、夏川さんと関係し合うという状態が良いと思います.
それは、大きな夏川船に群員が乗り込んでいる状態ではなく、それぞれの目的に向かって個別に航海を続けながらも、夏川船とひよこ群船が互いにフォローしあう、夏川群フリートみたいな感じになるのでしょうか?
そのような考えを持っているので、誕生日を迎えた夏川さんにとある言葉を贈りたいと思います!
近代では旅立つ人全般に対して使われるボンボヤージュ(よき航路を行け)という挨拶がありますが,昔は船長同士でしか使わない挨拶だったそうです.
現在は航海に出ている船同士が海の上ですれ違うときに、優しいイルカの様な船長は「この船じゃ危ないよ」と助言をしたり,眠そうなカメのような船長は「引き返しなさい」と忠告することがあると思います.
しかし、昔はこのようなお節介な指摘をすることはマナー違反だったそうです.
それはなぜかというと、その船が危ないことも,向かう先の天候が悪いので引き返したほうがいいということも,その船の船長が一番良く知っているからです.
当時の航海は今以上に成功率が低く、かなりの確率で失敗しました.もし失敗してしまうと、船長と船員は無事に帰ってくることはほぼありません.なので,船長は出港する前に自分ができる限りの準備を徹底的に行って航海に挑んでいました.
そのため,自分の船がボロボロだからもっとお金を貯めて修理してから出港したほうが良い,向かう先が嵐なので引き返したほうが良いということは,その船の船長がこの世の誰よりも理解しているのです.
それでも船長は,「香辛料を別の国に運んで大儲けしたい」,「未知なる世界に到達してみたい」などという大きな野望を胸に,自分や乗組員の命や家族や友人の心配をすべて背負いながら航海に出ているのです.
そのような覚悟で航海に出ている船長に対して,別の船の船長が指摘をするのは非常に野暮という話です.
なので,船長同士が航海の途中で出会ったときはボンボヤージュ(よき航路を行け)と挨拶を交わしたそうです.これは,自分でリスクを取って航海にでた船長しか言うことが出来ない挨拶で,大きな覚悟を背負って旅立ったあなたの航海が良きものになりますようにという祈りのような言葉であったと思います.
夏川さんは未知なる道を切り開きながら航海を続けています.そんな夏川船長に,自分の人生という大海原にようやく航海をし始めたひよっこ群員からメッセージを贈りたいと思います.
ボンボヤージュ!夏川さんの航海が良いものになるように祈っております.
怪文書失礼しました.
つんぽ