第1440回 漢字は過去と今も繋ぐ
1、読書記録337
本日ご紹介するのはこちら。
阿辻哲次2013『漢字の社会史 東洋文明を支えた文字の三千年』吉川弘文館
漢字学の大家である著者が1999年に著したものを「読み直す日本史」シリーズで復刊したものです。
2、漢字の過去と未来
漢字の成り立ちから解きほぐして、儒教や書道との関わり、印刷技術からコンピュータを用いて漢字をどう使うか、という視野の広い本でした。
エジプトやメソポタミアでは紀元前3000年ころから石碑に文字が刻まれていましたが、中国では紀元前の時代に石に文字を刻むのはまれで、
秦の始皇帝が7つの山に残した刻石くらいが挙げられるようです。
これには砂岩という加工しやすい石材が文字を刻むものとして利用されたオリエント地域と、甲骨や木竹が文字を記す素材となった中国の風土の違いに起因するものなのでしょう。
甲骨文字にも「冊」という文字があることから、木簡や竹簡が古くからあったことが推定されていますが
木と竹でもどちらが先にあったかといえば、それは竹。
なぜなら竹は円筒状のものを割って作るから、平たくするためには幅を狭くする必要があり
木簡もその影響で幅が狭くなっているということから。
面白いのは木簡の長さも書物の種類によって決まっており、
皇帝の詔勅は一尺一寸と決まっていたのに、
「経書」はその権威の高さによって変わり、最も正統とされる『周易』や『春秋』は二尺四寸となっていること。
皇帝の命令書よりも儒教の経典の方が重要視されていたんですね。
そして漢字には「異体字」と呼ばれる変形があり、
それを統一するために大きな役割を果たしたのは王羲之のような
誰しもが手本としたような名書であったり、
さらには科挙という全国統一試験だったりしたわけです。
そのおかげで紀元前1300年の文章も、20世紀初頭の文章もほとんど同じ文体である、ということを強調します。
漢字さえ読めれば2000年前の人が記した書物の文意を読み取ることができる、それがどれほどすごいことか。
さらに著者は近現代の漢字排斥運動の果てに、我々は急速に進むコンピュータの恩恵でかつてよりも容易に数多くの漢字を日常的に使用できるようになった、と指摘しています。
読み方さえわかれば、字体が曖昧でも変換できますし、
字が下手で伝わらない、ということもなくなるのです。
一方で、著者は
という本質を説いてもいます。
3、人も変わらず
いかがだったでしょうか。
漢字についてもっと知りたい、そんな気持ちにさせてくれる著作でした。
また書中のコラムも非常に面白く、
新疆ウイグル自治区のアスターナというところから出土した『論語』の写本に12歳の少年の落書きが見つかった、
という話題が珠玉でした。
五言絶句という漢詩の形式で、「早く帰りたい」と素直な感情を歌にしている様は、ほっこりします。
1300年も前の少年に親近感さえ湧いてくる、
そんな素敵な読書体験でした。
本日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。