『サーホー』はプラバースという神を称える映画である。
映画『バーフバリ』の主演を務め、日本でも熱狂的なファンを生み出した俳優プラバース氏の新作が日本に"凱旋"した。相変わらずファンへの福利厚生が手厚い配給会社ツイン様のご尽力には感謝の言葉が絶えないが、何と言ってもこのメッセージ動画だ。おれたち日本国民はプラバースに愛されている。こんなに名誉で幸福なことがあるだろうか。
名実ともにトップスターに登りつめた我らがプラバース。そんな彼の最新作は、果たして目の肥えたファンを満足させるだろうか。あの『バーフバリ』の眩しすぎる威光の陰に隠れてしまわないだろうか。そんなことを思っている人がいるのなら、ご安心いただきたい。映画『サーホー』は、「バーフバリ以降のプラバース」のパブリックイメージを下敷きにして作られたとしか思えない、超ド級のパーフェクトヒューマンが主人公のエンタメ超大作だからだ。
近未来、大都市ワージーを牛耳る犯罪組織の総帥であるロイは、何者かの陰謀によって交通事故に見せかけて殺される。組織のメンバーであるデーヴラージが後継者の座を狙うが、ロイの一人息子ヴィシュワクの存在が発覚し、跡目争いは風雲急を告げる。そんな中、ムンバイでは3億ドルが盗まれるという大事件が発生。ムンバイ市警はこの難事件に対し優秀な覆面捜査官のアショークを迎え入れる。
本作は開幕から何かと忙しない。架空都市ワージーとそれを牛耳るロイ・ファミリーを矢継ぎ早にナレーションで紹介したかと思えば、あっという間にロイが殺されてしまう。そこからたくさんの登場人物が後継者争いに名乗りを上げ、しかもみんな顔が似てたり名前が難しかったりと飲み込みづらい。おれはこの映画に付いてこられるのか…?と不安に思い出したころに、満を持して登場するのが我らがアショークである。傘で顔を隠しながら現れ、大胆不敵なセリフで相手を挑発。迫りくる敵をバッタバッタと薙ぎ払い、圧倒的なパワーで数の差をものともしない屈強ぶりを見せつける。このオープニングだけで、プラバース目当てのファンの10割が満足してしまうだろう。
もちろんそれだけに留まらず、アショークというキャラクターは俳優プラバースが体現するカリスマ性の権化であるからこそ、そのチャームを際限なく振りまいていく。格闘や射撃といった戦闘能力や推理力においては他の追随を許さず、ユーモアと溢れんばかりのフェロモンでどんな女性でも魅了してしまう。潜入捜査官というキャラクターでありながらどうしても香り立つ王の風格、問答無用に強くて格好いいヒーロー像をプラバースが演じれば、映画は右肩上がりに面白くなる。
実際のところ、シンプルかつ王道な騎士流離譚なストーリーの『バーフバリ』と比べて、今回の『サーホー』は複雑すぎる印象は否めない。陰謀と裏切りが常に蠢くストーリーは複雑だし、勧善懲悪でスカッとするような人物構図でもないわけで、事前に公式サイトの相関図を頭に入れておかねば混乱してしまうかもしれない。娯楽映画として万人に薦められるかと言えば、やはり『バーフバリ』に軍配が上がるだろう…と、わかったような口を利いているおれのようなボンクラをぶっ飛ばしてくれるのがインド映画の醍醐味だ。
本作は複雑化した人物相関図やプロットを、たった一つの要素で限りなくシンプルに、かつ誰もが納得する形でまとめ上げ、最終的には誰もが楽しめる驚天動地のエンターテイメントとして昇華させる離れ業をやってのけている。序盤のモヤモヤや中だるみが嘘のように、インターミッションを境目とする第一幕のラストと、そこから始まる第二幕において何もかもがひっくり返され、タイトルである『サーホー』の意味に誰もが震撼するだろう。そんな偉業を達成するための要素とは、もちろん「プラバース」である。
以下、ネタバレを含む
アショークの類稀なる推理力によって浮上した容疑者を追う警察だが、そこには大きな罠が仕掛けられていた。ロイの資産が保管された金庫を開ける鍵「ブラックボックス」を巡り争う中、警察が追っていた謎の男こそが覆面捜査官アショークであり、プラバース演じる男こそ全ての犯罪を成功に導いてきたサーホーである…という驚愕の事実が明かされる。
大都市ワージーを牛耳る裏組織も、警察も、本物の覆面捜査官アショークも、そして我々観客も、このサーホーの掌の上で転がされていたのだ!!この衝撃的な種明かしを境に、『サーホー』は荒唐無稽という言葉では言い表せない領域へ、天井知らずのテンションでグイグイ進んでいく。『ワイルドスピード』風の水着の美女を侍らせたパーティシーンや装甲車がいきなり登場したり、『マッドマックス』めいた砂漠の荒野でのバトルが始まったりと、名作アクション映画の詰め合わせなステージを、プラバースが危なげもなくクリアしていく。こちらを飽きさせる暇なんて与えないように、見せ場と見せ場を数珠繋ぎにしていく貪欲な姿勢は、エンタメ大国ならではのサービス精神に満ちている。鎖を拳に巻いて闘うという『バーフバリ』のセルフオマージュまで飛び出すくらい、とにかく詰め込みすぎなのだ。
そしてサーホーは、アッと驚く方法でブラックボックスを狙う輩を出し抜いていく。サーホーは警察をも欺く悪側のキャラクターとも言えるのだが、常に他の誰よりも一歩先を見据えた計画で数々の敵を出し抜いていく展開は、見ていてとても爽快なのだ。大型の金庫を、異なる二つのビルから如何にして奪い取るのか。その大胆すぎる犯行プランは、プラバースほどの完璧さやカリスマ性でなければ当然成しえない、プラバースだからこそ「リアル」と脳が認知できる荒唐無稽の塊である。この映画におけるリアリティ、説得力というものは全て「プラバース」という単語で説明できるものであり、むしろ「プラバースでなければ破綻している計画」をプラバースが実行するからこそ、完全犯罪が成立しているのだ。
バーフバリの圧倒的なカリスマにひれ伏し、どんなに人間離れした事象が起きても「バーフバリだから」と受け止め、ジャイホー!と称えることができたように、サーホーの一挙手一投足、その尋常ならざる強さセクシーさ頭の良さは全て「プラバースだから」で説明できてしまう。だってプラバースだもん。それがまかり通ってしまうのが『サーホー』であり、おれたちがプラバース主演映画で観たかったものの全てである。「万歳」を意味するサーホーという言葉は、そっくりそのままプラバースに向けられた我々の目線であるとすれば、こんなに適した題名は他に思いつかない。プラバースという唯一無二の俳優を崇め、ただひたすら称えることが許された『サーホー』は、彼の魅力が十二分に詰まったアイドル映画であり、おれたちの妄想が具現化したような夢の一作だ。162分のサーホー無双を思う存分浴びて、プラバースに恋して見惚れて憧れて、ぶっ飛ばされるのが正しい味わい方だろう。
イッツ・ショータイム!プラバースの夢女になる準備はいいか?