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狂乱の時代。『ゴールドフィンガー 巨大金融詐欺事件』

 目下大ヒット中、めでたく監督とキャストの来日が決定した『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』なのだけれど、近しい時代の香港を題材とした作品が日本では同じ月に公開されていた。トニー・レオンとアンディ・ラウ20年ぶりの共演、『ゴールドフィンガー 巨大金融詐欺事件』である。

 80年代の香港は、株価の高騰によるバブル真っ只中。かつて事業に失敗し、身一つでこの国にやってきた男チン・ヤッインは、小さな土地取引からぐんぐんと成り上がり、資産100億を超える巨大グループ企業の頭として台頭していく、一方、汚職対策独立委員会ICACの捜査官ラウ・カイユンは、チンの不正を暴くため辛抱強く捜査の網を張っていたが、仲間は口を割らず、家族にも魔の手が迫っていた。

 身分を偽っての違法取引から、株価の引き上げ操作によって莫大な富を手にした成功者をトニー・レオンが、彼を追う捜査官をアンディ・ラウが演じる本作。『インファナル・アフェア』シリーズの立場を逆転させた構図だけでも美味しいのだが、本作の醍醐味は主演二人の色気にあると思う。『ウルフ・オブ・ウォールストリート』の10倍くらい調子に乗った成金男をトニー・レオンが喜々と演じているのだが、そこには安っぽさや道化らしさは無く、人懐っこそうな笑顔とゲス顔を使い分けていく様子がたまらなく痛快だ。対する捜査官役のアンディ・ラウも、宿敵とは正反対の真面目な仕事人で、任務と家族愛の狭間で苦悩する様を表情一発で演じきるのは流石の一言。今年始まって早々、『トワイライト〜』『ガンダム』とイケオジ映画が流行っているが、本作もその棚に加えていただきたいものである。

 本作は80年代に実際に起こった事件をモデルとしているらしく、株が現金と同じ価値を持ち、やがてはそれすら超えていく空前のバブルも本当に起きた出来事というのであれば、バブル崩壊後に産まれた身としては全てが夢物語のようだ。作中、証券取引所ではひっきり無しに買いの電話が鳴り響き、職員が慌ただしく変動する株価をホワイトボードに書き記していく。PCもモニターもない時代、人間が右往左往して株価を吊り上げていく現場の異様な熱気に、観客であるこちらもノセられていく。株価がどんどん右肩上がりになっていくと、不思議と気分が高揚していくのだ。

 その様子を見守り、留まるところを知らないくらい自社の株価が上がり、トニー・レオン演じるチンは一躍時の人となっていく。現金をほとんど持たず、株のやり取りだけで信用を手に入れ、数十社の会社を展開し、イギリスの会社が所有していた高級商業ビルまでも買収してしまう。商談が成立すれば会議室にカーニバルのダンサーが入ってきて、破廉恥極まりない振り付けで客を持て成すなどのモラルが消え失せたかのような狂乱は、その時代を生きる人間の漲るエネルギーが成したものであろう。

世界各国で封切られた本作は、香港興収ランキング5週連続第1位を獲得!さらに香港・中国本土の最終興行収入が130億円越えとなる大ヒットを達成。そして第42回香港電影金像獎(香港アカデミー賞)では12部門にノミネートされ、主演男優賞(トニー・レオン)、撮影賞を含む最多6部門を受賞した。

公式サイトより

 『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』がかつて本当に存在した九龍城砦にノスタルジーを託したように、本作はこの株式バブルを懐かしむ視点が、本国では支持を集めたのではないだろうか。イギリスによる植民地支配が終わりを迎えようとしている最中、富を積み上げ元気を取り戻していくブローカーたちを、本作はひたすらアッパーに描いていく。目の眩むような豪邸に住み、美術品を所狭しと並べ、惚れた女の名前のレストランを勝手に開業するようなトンチキな時代が、確かにあったのだ、という回顧。『ALWAYS 三丁目の夕日』にハイローを足したら『トワイライト〜』が出来上がるが、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』をかけ合わせたら本作になる、ということなのである。

 そんな狂乱も、香港のイギリスから中国への返還を機とする経済不安によって、あっという間に幕を下ろすこととなる。植民地支配から抜け出すことは良き事という漠然とした思いしか無かったけれど、こういう余波もあるのだ、という学びがある。かくして株価は下がる一方となり、チンのグループも万事休すの状態になるのだが、そんなことで彼の覇道は終わらない。ありとあらゆる手段を用いて裁判をくぐり抜け、逮捕しても釈放を繰り返すばかりの彼を止められる者は、もういなかった。ただ一人、ラウだけがチンを追い続け、なんと捜査は15年にも及んだという。

 チンとラウが、ルパンと銭形のような関係に見えるところまでは尺が足りなかったし、トニー・レオンがカリスマ性を振りまく一方でアンディ・ラウはよく言えばいぶし銀、悪く言えば地味めなドラマになってしまい、映画の持つ爆発力が所々鎮火してしまう惜しさが付きまとう。15年の追跡劇の果て、そのゴールにもっとカタルシスを置いた作りになってほしかったというのが正直なれど、映画前半のギラギラしたキャラクターたちによるハイテンションな熱狂に身を委ねるだけで、映画館で観る価値はあったのも確か。枯れることのない主演二人の魅力に、骨抜きにされたのは言うまでもないだろう。

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