
〇曜洋画劇場を観るような気軽さで『ザ・プレデター』
というわけで、今、洋画がアツイ。ダコタ・ファニングたんがスタトレオタクだったりユアン・マクレガーの吹替が堺雅人だったりと目移りしがちだが、TVで過去の名作洋画を嗜んできた世代なら迷わず『ザ・プレデター』を観るべきだ。80年代の名作がそのまま帰ってきたかのような、至福の2時間が味わえる。
元特殊部隊員の傭兵クイン・マッケナは、メキシコのジャングルに墜落した謎の宇宙船と異星人=プレデターを目撃し、その存在を隠匿しようとする政府に拘束されてしまう。クインは、事件の証拠として墜落現場から持ち帰っていたプレデターのマスクと装置を自宅に送り届けていたが、クインの息子ローリーが装置を起動させてしまう。クインは刑務所行きのバスで出会った退役軍人らと協力し、装置を取り返すべくローリーを探すプレデターと対峙する。その時、さらに進化した新たなプレデターが現れ、同種であるプレデターを惨殺したのである……!!
ジョン・マクティアナンが手掛けた第1作目から30年、『アイアンマン3』『ナイスガイズ』のシェーン・ブラックによって正当な続編が紡がれた。突如舞い降りた異星人=プレデターの存在を人類が認識・隠匿し、調査を続けてきたという設定を背景に、3度目となる地球襲来が描かれる。その目的とは何か。アラン・シルベストリ作曲の印象深いメインタイトルを引用しつつも、『プレデター』シリーズの急転換を告げるリブート第1弾として、今後の展開が期待される一本である。ちなみに本ユニバースでは『プレデターズ』の存在は無かったことになっている。
そんな本作の主役は、愛すべき醜悪な見た目のプレデター…ではなく、それと対峙する人間たち、社会から爪はじきにされた退役軍事たちだ。クインが出会った5人は、過去の戦場で受けた心の傷やPTSD、己が犯したミスの後悔に悩まされながらも、それをジョークで覆い隠すような男たち。突拍子もなく軽口を叩き、不謹慎に下ネタ何でもアリのクレイジーな連中だが、作り手は間違いなく彼らに深い愛情を込めて描いている。
世間から疎まれ、辛い状況を笑い飛ばすことしかできなかったはぐれ者たちが、ヒーローになるチャンスを掴むべく奮闘する。いわば本作は、ジャングルを舞台にした『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』とも言うべきプロットが敷かれている。あるいは、なけなしの勇気を奮う男たちの闘いが人知れず行われた、という意味で『マグニフィセント・セブン』に通じるものがある。要は、「実はめっちゃ強いボンクラ男たちのチームもの」萌えにはたまらん、ということである。
この急造チームがとにかく最高で、新参者のクインとも相性バッチリ。初陣では見事なチームワークでプレデターから見事逃亡。成り行きで助けた生物学者のケイシーを前に突然オロオロする童貞っぷりを披露しつつ、さらわれたローリーのために立ち上がるシーンは、マヌケさから生じる笑い込みで彼らが愛おしくなってしまう最高のシーンだ。なお、学者センセイであるケイシーもまた、説明書を読んだのか定かではないが銃火器を持って最前線に飛び込むヤバい奴なので、このあたりも80年代テイストビンビンで懐かしさが止まらない。
人間側のキャラクターの魅力がプレデターを上回っているため拍子抜けする可能性も否定できないのだが、それこそ第1作目は人間相手なら負け無しの屈強な特殊部隊員が次々と謎の異星人に敗れ、それでも諦めず勝機を掴む物語だった。シェーン・ブラックなりのオマージュが炸裂した、粋なフィルムである。
なお、ゴア描写も濃いめになっていて、人体の一部を用いたギャグが散りばめられた不謹慎な面白さも、監督の前作『ナイスガイズ』から引き続いてサイテーでサイコーな場面だ。人の手や頭が飛び散り、吊るされた死体から滴る血で満たされるドッタンバッタン大騒ぎ状態なため、これらを笑い飛ばせる感性を要求される。もともと、映画ってこんなに不謹慎で下品で、でもサイコーに楽しかったのだ。それを思い起こさせてくれる。
TVで繰り返し観た“あの頃の”映画のテイストを、一切の遜色なしに2018年に持ち込んだシェーン・ブラック渾身の一作は、ゴールデンタイムの洋画地上波放送が絶滅した今だからこそ愛すべき一本に仕上がっている。凶悪なクリーチャーVS情に厚い男たちのドラマは最高潮のテンションを維持したままエンドロールに突入し、続編が待ちきれなくなるラストは必見だ。アツくて泣ける、B級映画の傑作である。
いいなと思ったら応援しよう!
