Fateで受けた傷はFateで癒せ。『衛宮さんちの今日のごはん』(アニメ)
「しんどい」「つらい」「白いワンピースを見ただけで泣く」「ワカメが食べられなくなった」…。以上が、現在公開中の映画『Fate/stay night Heaven's Feel II. lost butterfly』を鑑賞した人々が集団感染した奇病の、その症状の一部だ。たかが椅子に座って映画を観ただけなのに、心身に多大な影響を及ぼし、穏やかな日常が浸食されていく。今この文章を書いているヤツも漏れなく感染し、広大なネッ↑ト↓(CV:田中敦子)の海に怪文書を放り投げ、そして狂ったようにパンフレットを繰り返し読んでは「吸血はメタファーなんだよなぁ…フヒヒwww」と鳴き声を上げている。
そんな嗚咽マシーンと化した私に、映画館まで同行してくれた友人が薦めてくれたのが、この『衛宮さんちの今日のごはん』とかいうアニメだ。マジでか。Fate観てしんどいって言ってるヤツに別のFate薦めるって、どんな神経してんだコイツは。しかも、アニメということは声優さんが声を当てるということで、関連商品や映像ソフトも発売される。えっコレ公式なの!?と驚いた私を、誰も責められまい。
衛宮士郎がすてきなご飯でみんなを癒すFateパラレルワールド!
大人気作品「Fate/stay night」新作パラレルストーリーが登場! 衛宮士郎が自慢の手料理で、冬木の住人やサーヴァントたちをほっこりさせちゃいます! 詳細なレシピも付いて、だれでも士郎の手料理を同調開始(トレース・オン)!
(C)TYPE-MOON
優しい世界が心に沁みる
「あっこれしゅきなやつ…」となったのは、1話を再生して数秒後のことだった。優しく朗らかな表情で描かれたキャラクターと、暖かみのある色調の背景。この世界には聖杯戦争なんてない、だけど魔術師とサーヴァントがいて、穏やかに暮らしている。二次創作ならではの「みんなが幸せな世界」が、公式から供給されている。心折れたファンに対しての福利厚生が完璧すぎて、「公式が最大手」を地で行くような企画だと感服してしまう。
本作の主題はタイトルにある通り「料理」であり、台所男子であった衛宮士郎の主夫っぷりがここぞとばかり発揮される。鮭のホイル焼きにグラタンにちらし寿司。みんな大好きだけど作るのは面倒…そんなごちそうを、テキパキ手際よく作っていく様は、観ていて気持ちがいい。駆け足だがレシピをちゃんと紹介してくれるし、アニメとはいえ映像も丁寧で、夜中の鑑賞を控えたくなるほどにこちらの食欲をそそる。
そして何より最高なのが、それらを食べたキャラクターたちの反応だ。食べるという行為は生きる上で不可欠なものであり、美味しいものを美味しそうに食べる姿は、こちらも嬉しくなる。たとえこれがアニメだとしても、食べるという行為はキャラクターに命を宿す描写なのだから、観ていて幸福指数がハンパではない。「推しがいつまでも健康であってほしい」というオタク構文が、今まさに映像作品として世に出回っている。これを喜ばずして何をするというのだ。『衛宮ごはん』は、その存在自体が最高のファンサービスなのだ。
それでもしんどい
本作の世界観は、『stay night』本編のキャラクターを借りた別物と言っていい。ランサーは魚屋でバイトしてるし、ライダーは仮面を着けず日頃から目元を晒している。「魔術」「令呪」「宝具」といったFateワードはほとんど登場せず、争いなんて起こることはない。あの血生臭い本編が嘘のように、平和と安心が確約された箱庭が構築されている。
それでもなお、しんどいのだ。例えば、この世界では当たり前のように桜が凛を「姉さん」と呼び、あまつさえ一緒に台所に入って炒飯を作ったりする。あるいは、キャスターが存命で、愛しの宗一郎様に手料理を振る舞おうと一生懸命努力してたりする。
そう、これは公式の息がかかったスピンオフとはいえ、その本質は二次創作的な発想。すなわち、if、もしも、というヤツだ。
「もし凛と桜が引き離されることがなかったら…」「聖杯戦争がなければ、みんな幸せになれたんじゃ…」といった、昼休みに窓から校庭を眺めながらボンヤリ考えるような妄想を、本作は描いて見せた。敵もいなければ生死の危険もない、穏やかな世界でキャラクター萌えに耽溺できる。確かにそれは、ありがたいことだ。
とはいえ、本編との温度差に、風邪をひいてしまいそうだ。この世界で実現した平和は、本編では有り得ないとイコールだからだ。誰かのために料理を振る舞う士郎は、あの歪んでいたとしても我武者羅に「正義の味方」という理想に邁進する士郎とはまるで別人のようで、理想を捨てることでしか救われないという彼に科せられた悲痛な現実を思い起こさせる。
本作を観ていると、暖かい気持ちになれる。しかしそれは、『stay night』という「表」があってこそのものだろう。あの悲惨でドロドロとした物語があるからこそ、本作に安らぎを求めずにはいられない。愛すべきキャラクターたちが心身を削り、傷つきながらも闘い続ける傍らで、そこから目を背けたようにパラレルワールドに埋没する。それは果たして誠実な態度と言えるのかとさえ自問自答するほどに、このぬるま湯のような世界は気持ちがよく、危険である。
難しいことはいいからとにかく観ろ
ヘンに気取ったことを書き連ねたが、そんなことはどうでもいい。前述の通り、推しが元気なら自分も元気になるのがオタクという生き物だ。つい涎が出るほどにきめ細やかに作画された料理の数々を、楽しげに頬張る推しを観たら、これ以上ないデトックスになる。なんなら泣ける。そういう愛で方だって、あってもいいと思う。
劇場版『Heaven's Feel』は、週替わりで来場者特典が更新されている(1月15日現在)。そのため、何度も劇場に足を運ぶ者も多いはずだ。しかし、HFを繰り返し服用すれば、メンタルに何らかの影響を及ぼす危険性がある。そうして心がささくれ立つのを感じたら、『衛宮ごはん』を観るといい。二日酔いの朝に飲む味噌汁のように、スルスルと胃と心に染み渡るはずだ。
※なぜか「2話」が無料配信されているので観よう。
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本作の異常なまでの造りこみの正体を知れるレポ。あと、推しが被ったので松澤千晶さん推します。
私も食べたい。