『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』で黄昏を目撃しろ。
本作を表現するにあたり、これ以上の的確な、かつ魅力的なセールスワードは存在しないだろう。三丁目の夕日でハイロー!?そんな冗談のようなクロスオーバーはしかし、今は亡き香港の無法地帯「九龍城砦」で炸裂し、おれの涙腺は決壊した。
80年代、香港、九龍城砦。無法地帯でありならず者が集まるこの砦に、黒社会にハメられた若者、陳洛軍がやって来た。初めこそ追い出されるはずだった彼はしかし、いつしか住民たちに受け入れられ、安住の地を得る。ところが、彼の出生にまつわるある秘密により、事態は九龍城砦の崩壊の危機へと発展してゆく。
いつも以上に情報量の少ないあらすじだが、これは読み慣れない人名の羅列で本作に対し苦手意識を持ってしまうのを避けるためであり、予備知識を入れずに行っても無類に面白いので、安心して座席を予約してほしい。そして、「ハイローみたいなアクション」もしくは「ハイローみたいな男の友情」が好きならば、本作を見逃すのは愚行以外の何物でもないということを、この場で言い切ってしまおう。
いかに本作が『HiGH&LOW』であるかと言えば、物語のバイブスが「この砦を守る」に尽きるからである。無名街を守るため、それぞれ違うやり方で生きて、街の危機にはチームの垣根を超えて共闘するS.W.O.R.D.の若者たち。一方、九龍城砦で他者と生きることを学び、助けられた恩を返すため、そして暴君に牛耳られた砦を取り戻すために闘う主人公とその仲間たち。人数の規模こそ違えど、精神性の面でハイローと本作はかなり近い、兄弟のようなものであることは異論がないはずだ。
かつて実在した香港の巨大スラム街・九龍城砦。いったいどのようにして建てられたのかと思うほどに建物が密集し、通路も路地もとにかく狭い違法建築の集合体。そこに集まるのは、誰もが脛に傷を持つならず者や、貧しい者たち。そうした訳ありな者たちの集まりであるからこそ、その精神には助け合いの心が宿っている。困っているものがいたら見過ごさないし、子どもは絶対に守る。中には悪人もいるし、管理者が黒社会にズブズブの人間ではあるものの、基本的には義理人情で回っているのが九龍城砦の社会だ。
本作においては、九龍城砦そのものが一つの登場人物であるかのように、妖しい雰囲気を放っている。汚くて猥雑で、しかし魅力的に思えてしまう。外から俯瞰してみれば確かに要塞なのに、中には入ればそこには多くの人の生活と経済とが密接に隣り合っている。この砦だけで社会が成り立っていると、本気で信じさせる美術の確かさがある。香港本国でも大ヒットしたという本作は、確かにその意味で『三丁目の夕日』なのだろう。
逆に、『HiGH&LOW』を知らない、あるいは好きではない(そんな人類はいるはずはないですが……)という場合は、本作をスルーすべきだろか。否。断じて否である。なぜならば、本作が描いているのは普遍的な絆と友情、義理人情であり、そこに年齢や性別や趣味嗜好は関係ない。人が生きる上で大切なこと全てが、本作には描かれているからである。
黒社会に騙され追われることになった主人公は、九龍城砦に辿り着かねば独り野垂れ死んでいたであろう男だ。密入国者であり、金もなく身分証もない。そんな男が生きられる唯一の場所が、九龍城砦。彼はそこで、仕事を得る。覚えることは多く給料も安いが、熱心な彼は次第に街の人に受け入れられてゆく。やがて彼は、親友と“兄貴”に出会い、いくつもの優しさに触れ、ぐっすり眠れるようになる。スラム街であっても、彼にとってここは安息の地であり、居場所になっているのだ。
主人公と九龍城砦に住まう人々の関係をテンポよく、かつ丁寧に描くことで、観客も主人公と九龍城砦そのものに愛着が湧いていく。主人公が認められる契機として、女性に不義理をした男への「天誅」や、亡くなった人に敬意を払うといった描写があることで、観ているこちらも納得の上で彼らの友情に入れ込んでしまう。そうした描写が積み重なるからこそ、九龍城砦に危機が迫る際の怒りと哀しみが、自分ごとのように感じられるのだ。
そして炸裂する、アクション大活劇。先程、キャラクター名に聞き馴染みがないことを明記したものの、本作を観た方であれば登場人物の顔と名前がハッキリと思い出されるであろう。それほどに濃くて、味わい深い個性と関係性に魅了されてしまうのである。無論、キャラクターの個性づけはアクションにも反映されてより、得意な武器や戦闘スタイルによって色分けされたキャラクターが所狭しと暴れまわり、息の合った共闘や武器の交換など、アクションで関係性を語る手腕は流石の一言である。
友情と仁義。このゲージがMAXを振り切って暴走状態にある本作は、一番気持ちいいところに最高のアクションが訪れる。“兄貴”たち上の世代が年齢を感じさせない驚天動地の動きで無双ゲームよろしく敵を吹き飛ばしたかと思えば、若い世代はコンビネーションと多彩な武器で必死に食らいついていく。この辺りはより詳しい方の解説を探していただくとして、ルイス・クーやサモ・ハンといった往年のスターがバリバリ動き、若手が活き活きと宙を舞う。物語の中と外でも果たされる「世代交代」のアツさは、渋みと熱血を両立させる最高のスパイスだ。
一級品の美術、アツすぎる男同士の友情、驚くべき超絶アクションの釣瓶打ち。好きなものが全部詰まった幕の内弁当のような本作はしかし、最後だけはかつての香港へのノルタルジーが前に出る。九龍城砦の解体とは、歴史が大きく動く転換点だったのであろう。80年代から90年代にかけて取り壊しが行われたということもあり、当時を知る方がまだまだご存命であることを思えば、九龍城砦は黒い事情を抱えつつも、活気ある時代を象徴するものであったのかもしれない。
自分たちの居場所を守るために闘った若者たちの物語は、彼らにとっての青春の余韻で幕を下ろす。主人公らと共に見た夕暮れの景色は、もう二度と再現されない情景への、多大なるリスペクトである。その美しさに目を焼かれ、友情の拳に涙したことは、今年一年の映画体験の中でも突出したものになるであろうことを、年が明けたばかりの今であってもそう確信するのである。